昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「平成最後のコミケ」で振り返る、拡大と混乱の連続だった30年間

「少女たちの狂宴」と呼ばれるほど女性参加者が多かった時代も

2018/12/29

会場移転の真相とは?

 この幕張メッセ追放事件については、Wikipedia等のネットで読める言説では、有害コミック問題をその発端としている。しかし、当のコミケ準備会代表だった米沢嘉博は、「会場移転の真相」と題する文章の中で別の見解を示している。真相は展示会場の売り手市場だった当時、幕張メッセが社会的に認知されているイベントを優先させたためだとし、その傍証として、コミケの前にも幸福の科学やエホバの証人といった宗教イベントが追放されていることを挙げている。

 これは追い出された当事者側の主張なので鵜呑みにはできないが、この後バブル崩壊と東京ビッグサイトのオープンにより幕張メッセの稼働率が低下すると、幕張メッセはまた同人誌即売会や宗教イベントを引き受けるようになっている。

©iStock.com

東京ビッグサイトへ

 1996年8月のC50から、新たにオープンした有明の東京ビッグサイトでの開催となった。抽選で落とされるサークルは今もあるものの、以降の会場は一貫して東京ビッグサイトが使われ、会場問題は好転している。2000年代後半には現在のスタイルとなる夏冬各3日間開催も定着して、1回開催あたりの参加者数も50万人台で安定するようになった。

 しかし、1998年のC54における発火装置事件、2012年には漫画『黒子のバスケ』関連イベントへの脅迫が相次ぎ、コミケ準備会にも脅迫状が届いたため、『黒子のバスケ』関連の同人誌の頒布が中止される事態になるなど、その道程は平坦なものではなかった。

女性参加者が多数派だった平成初期

 平成の間に、コミケで二次創作される作品も大きく変わったが、参加者の構成もまた変わっている。昭和末期から平成初期の同人誌界隈は、米沢が「少女達の狂宴」と表現したほど女性参加者が多く、コミケも参加者の多くが女性だった。『キャプテン翼』や『聖闘士星矢』、『鎧伝サムライトルーパー』といった作品の二次創作がブームで、学習院大学の漫画研究会にいたサーヤこと紀宮清子内親王殿下(当時)も、『鎧伝サムライトルーパー』のイラストを漫研の部誌に描かれたとまことしやかに伝わっている。

1981年に連載が始まったサッカーマンガ『キャプテン翼』 ©文藝春秋

 その女性多数の状況も、1992年に放映が開始された『美少女戦士セーラームーン』がブームになると、男性参加者が勢いを取り戻し、1995年に放映が始まり社会現象になる『新世紀エヴァンゲリオン』は、男女共にブームとなっている。現在のデータについては、やや古いが2010年の調査では、サークル参加者は女性が多く、一般参加者は男性が多いという状況になっている。