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『いだてん』が2倍楽しめる 生田斗真演じる三島弥彦、「華麗なる一族」の履歴書とは

兄は日銀総裁、父は県知事を歴任

2019/02/24
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白石加代子演じる母・和歌子は「女西郷」と呼ばれた

 弥太郎は1919年、日銀総裁に在職のまま51歳で死去する。このとき母・和歌子(1845~1924)はまだ存命であった。『いだてん』では白石加代子が演じる和歌子は、「女西郷」と呼ばれるほどの女丈夫であったらしい。ドラマでは、和歌子が杖に仕込んだ刀を抜くシーンも出てくるが、事実、和歌子は夫の通庸が幕末に刺客から付け狙われたときなど、一緒に外出する際には仕込み杖をしのばせて先に立って歩いたという(※4)

『いだてん』第3回(1月20日放送)では、徳冨蘆花のベストセラー小説『不如帰(ほととぎす)』(1900年)で嫁をいびる姑のモデルは和歌子だという世評に、彼女が憤慨するエピソードがあった。かつて長男・弥太郎に陸軍大将の大山巌の令嬢が嫁いだものの、半年ほどで離婚したという事実があったため、そんな噂が立ったのだ。しかし弥太郎の長男・通陽は、《小説のいうものは一方には必らず敵役がなければ、人の涙を誘う事にならないから、殊(こと)にああした性格に書いたのでしょうが》と前置きしたうえで、祖母である和歌子にまつわる噂を次のようにきっぱりと否定している。

《祖母が若(も)しモデルだと云うなら実際の祖母は決してあんな冷酷一点張りの悪婦でなかった事は、皆が証明する所です。私はあの小説は別の意味で愛読したものですが、然(しか)し小説を真に実際の人間に結びつけて想像する事は、非常な間違であるし、祖母も生前よくその事に就いては不服を申しておりました》(※4 引用文中の旧仮名遣いは現代仮名遣いに改めた)

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 通陽によれば、和歌子は子供や孫たちのしつけに厳しかった一方で、女中が病気をしたときなど自分の体など考えず看病するなど心優しい一面もあったようだ。

1912年ストックホルム五輪で開会式の旗手を務めた三島弥彦。日章旗の陰で顔は見えないが金栗四三はプラカードを持っている。左端は選手団長の嘉納治五郎 ©共同通信社

麻生太郎も三島家の血を受け継ぐ

 和歌子は通庸とのあいだに六男六女を儲けた。なかには夭折した子供もあったが、長男の弥太郎や五男の弥彦ら息子たちは華々しい活躍を見せ、娘たちも良家に嫁した。その子供や孫たちからも、ボーイスカウト日本連盟の総長を務めた前出の三島通陽など各界で活躍する人物が輩出された。

 通庸と和歌子の次女・峰子は、大久保利通の次男で外交官・政治家の牧野伸顕に嫁した。牧野は文部大臣やパリ講和会議全権などを歴任、大正末から昭和初期にかけては内大臣を務め、親英米派の宮廷勢力の中心として活躍した人物である。その牧野と峰子の娘の雪子は、外交官で、のちの首相・吉田茂と結婚する。現・財務大臣の麻生太郎はよく知られるとおり吉田の外孫だが、麻生にとって峰子は曾祖母、通庸・和歌子夫妻は高祖父母にあたり、三島家の血を受け継いでいることになる。そういえば、麻生は政治家になる以前、クレー射撃でモントリオールオリンピック(1976年)に出場した経験を持つ。これは案外、日本初のオリンピック選手を生んだ三島の血なのかもしれない。

※1 幕内満雄『評伝 三島通庸 明治新政府で辣腕をふるった内務官僚』(暁印書館、2010年)
※2 三島義温編『三島弥太郎の手紙』(学生社、1994年)
※3 吉野俊彦『歴代日本銀行総裁論 日本金融政策史の研究』(講談社学術文庫、2014年)
※4 尚友倶楽部史料調査室・内藤一成編『三島和歌子覚書』(芙蓉書房出版、2012年)

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