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■読者から長嶋さんへの質問

●睡眠中の夢は覚えていますか? 今まで、ご自身の小説と同じ状況を夢で体験されたことはありますか? 私の夢は寝る直前に読んだ本やドラマによく影響されます。(女性・30代)

長嶋 ほとんどの夢は忘れちゃうんだけれども、たまに憶えている時もあります。『三の隣は五号室』の三輪蜜人が水道の蛇口に輪ゴムをかけて、これで輪ゴムが欲しくなった時にいいぞって思っているのは本当に僕が見た夢なんですよ。夢のない夢だなと思って忘れられませんでした。

●今までの作品の中で、特に気になる(思い入れが深い?)登場人物と、その人物での続篇小説の予定があれば教えてください!(女性・40代)

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長嶋 ほとんどの人物に思い入れがないんだけれど。稀になぜか、こいつはいい奴だ、みたいなことがあります。とか言いながら名前が思い出せません。『泣かない女はいない』の職場に出てくる、フォークリフト免許を取ろうと言い出す脇役の女の子。主人公の睦美は静かな人なのよ。でもその子が弾んだ感じがあるから、睦美も感化されているというと大げさだけど、そういう感じで。睦美も好きです。でも続篇を書きたいとは思わないなあ。

『ぼくは落ち着きがない』の図書委員をさぼらない能見さんという子も妙によくて。『長嶋有漫画化計画』であの本の表紙を描いてくれた衿沢世衣子さんが漫画化してくれた時、能見さんがいいから能見さん視点でいこう、となって。だから続篇の夢は叶ったというか。

 他にも面白く書けたと思う人はたくさんいるけれど、続篇を書きたいとは思わないなあ。『フキンシンちゃん』はいつでも続篇を描きたい。「パソコンのツールで漫画を描きませんか?」と言われて受け身で始めたものだけれど、だから人形遊びみたいに演じられたわけだよね。まあ、おっさんが人形遊びしてるというのはかなり気持ち悪い図ですね(笑)。自分じゃないキャラクターのように感じられると、続篇を描きたくなるのかも。フキ子ちゃんのことは大好きで『問いのない答え』にも、このあいだ「群像」に一挙掲載した「もう生まれたくない」にも登場します。

●また会社員になるとしたら、何の会社で働きたいですか?(女性・30代)

長嶋 えっ。会社のどの部署に配属されるかじゃん? どの会社であっても、総務部みたいなところがいいかな。

●小説を書く時、その小説にとって必要な設定か不要な設定かを見極めるにはどうすればよいと思いますか? おそらく書き手側からしたら、自分の書きたいことを書いてるに過ぎないと思いますが、よく書評などでその設定はいらなかった、というものを見かけますので。(男性・20代)

長嶋 うーん、勘です。たとえば、インタビューでも話したけれど、『三の隣は五号室』で大学生の住人を出したのは、自分の見てきたことで書けるから、という程度の理由でしかなかった。そうしたら、その近くに大学があるということだから、昔その大学に通っていた人を出して、時代による差が出たら面白いだろう、となる。合理的に説明できることだし、その程度のことだと言える。1万くらいの可能性があるなかで、大学生が住むと決めた時にその数がぐっと減って、結局は必要なことしか残らなくなっていく。だからこの設定は要らなかったかもしれないなんて気にしなくていいんじゃない? その形式のその表現のやり方は一生のうち何作書けるか分からないんだから、なんでも盛り込んでおけと言いたい。評なんていうのは10年後に変わっているかもしれないんだから。

●ご著書、どれもこれも大好きで何度も読んでます。『愛のようだ』では号泣しました。30代の息子が高校生の時、先生の本に熱中しだして、それ以来親子で読んでいます。目を向けること、面白がるベクトルが同じ方向を向いてます。身近なところでいつも「長嶋先生と前世、夫婦だったかもしれない!」と言いふらしてます。ご迷惑でしょうか。前世はどんな方でしたか?  (女性・50代)

長嶋 すごい質問だな。じゃあ、きっと前世で結ばれていたんですよ。

●編集者との付き合い方について、ご自身の経験をお聞かせください。(男性・30代)

長嶋 うーん、話が長くなります。でも好きな編集者は有能な人。世事のことであれ、流行のことであれ、博識だと業界ズレしているみたいに思われるかもしれないけれど、僕にとってそれは有能さの表れ。スマホに乗り換えられないとか、ショートメールが送れない編集者だと不安になる。あと、.docのドキュメント添付のファイルを送ってこない編集者がいい。「詳しい内容は添付してあります」っていって.docの拡張子のファイルが送られてきて、それをダブルクリックするとどんどんデスクトップにたまっていくの。僕のパソコンだけかもしれないけれど。それを定期的にゴミ箱に手動で捨てていく作業が嫌なんだよ、なんて言うとこっちが了見狭いみたいな気がするから、言えないでいるところまで斟酌してほしいんだよ。

●文章を書く時に大切にしていることはありますか? また、どんな気持ちで文章を書いていますか?(女性・10代)

長嶋 すごく初歩的なことでさ。時間が動くようにするということです。その世界があるようにするというか。単純に会話、会話、会話とすると会話だけあって世界が動いていないみたいになるでしょう。例えば探偵が推理を披露してワトソンみたいな聞き役が「するとこれはどういうことだい?」なんて訊いている会話を延々と書いていると、その間の空間というか臨場感がなくなっちゃう。会話が続けば続くほ時間が流れなくなるんです。だからヘタクソな小説でさえ、最後に探偵がぬるくなったコーヒーを一気に飲むんですよ。そこに世界があって時間が流れていたよという証拠のために。時間が流れてないとそれは小説じゃない、列挙になると下手な人さえ思うんだな。でも、後でコーヒーをぬるくするのは紋切り型すぎるから、自然に流すように腐心するんです。

 たとえば、2人しか会話していないとABABっていう会話になるなら、Cという3人目を出すとかね。2人で話していると「おかわりいかがですか」と訊いてくる3人目を出す。でもそれって、小説講座みたいなところで口を酸っぱくして教えるようなことでもあり、僕じゃない作家でも心がける、当たり前のことだと思うけどね。

 どんな気持ちで小説を書いているかというと、それこそ人を食ったような答えになるけれども、本当に「早く飲みに行きたい」。

●長嶋さんの作品には、誰もが見たことがあったり知っていることだけれどもまだ世の中に言語化されていないことが書いてあって毎回びっくりします。なにか、そういったものに気がつくコツみたいなものはありますか?(男性・30代)

長嶋 なにかを観察するのを諦めるんです。諦めても目は開いているから、諦めた後も印象に残っていることみたいなのが、それなのよ。あとね、全部、言語で憶えていく。単語とか固有名詞とかも「言語」としてね。ヴィジュアルで憶えられるものもあるけれど、後になって普遍的な発見になるのは、言語で憶えたものだと思うんだよね。

 でも性癖や趣味もあるかもね。マイノリティー趣味みたいなものというか。テレビゲームがブームのとき、スーパーファミコンじゃなくてセガを選んだ、みたいなさ。マイノリティーのほうを選ぶと、批評する目みたいなものが生まれるんです。ファイナルファンタジーやドラクエで遊んだ人ではない目になる。その立場からメジャーシーンをどう見るかとか、なんですよ。その人の観察眼が優れているんじゃなくて、立つ場所によっておのずと観察する目になってくる。その点に限っては、趣味がそうでないと難しいかもね。

●以前渋谷のトークセッションで、会話でないところ、地の文章にカギカッコを付けている理由を教えていただいたのですが、ぼーーっとしていて聞き逃してしまいました。気になって仕方ありません。もう一度教えていただけますか。(50代・女性)

長嶋 ……あのね、僕の読者ってね、僕に対して「ここまでならふざけてもいいだろう」みたいなのがありますよね? なんか、ふざけた面白さがあるんですよね。ウットリしてないんだよな。15年やってて、ずっとそう思う。

 渋谷のトークって1回しかやったことがないけれど、何のことだろう。いずれにせよ、地の文章の中に出てくる単語に「」をつけている理由というのは、それは文章が「単線」だからですよ。「単線」だから不自由なので、そこに変化を出している。

 最近は2倍ダーシ――傍線を2文字分使った表記のこと――に凝っているんですよ。2倍ダーシで補足して、2倍ダーシで終えて、また地の文に戻ってくる。海外文学によくあるんですけれど。

 最初は僕の中では、傍点が流行ったんですよね。海外文学って強調する部分をイタリックで表記しているけれど、日本語に訳すとそれはできないので、かわりに“文字の横に点をつける”わけですよね。僕、傍点大好きでね、傍点作家という名をほしいままに使っていました。自分で言っているだけですけれど。カギカッコも2倍ダーシも傍点も、単線上の表現である小説に使えるテクニックでしょ。2倍ダーシは補足説明の時に使える。強調したい時にカギカッコを使うか傍点を使うかは、直感。傍点の時はね、フレーズ自体を個体物のように持ちたい時です。イントネーションの上でも、そこは強調されていて、より力みが強い。傍点をふらないと普通のことが書いてあるみたいな時に、普通じゃないよって言うため、とか。カギカッコはそこが強調されています、って言いたい程度の時かな。