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楠木 「決め手」というのをどういう意味でおっしゃっているのかがポイントで、容姿や性格で点数をつけて「この人は76点、この人は82点、まだ90点の人がいるんじゃないか」なんていう感覚なら、一生結婚できないでしょうね(笑)。そもそも結婚に「決め手」なんてないので、探しても無駄です。結婚とはものすごく事後性が強く、「誰と結婚するか」よりも「結婚した人とどういう生活を送るか」によって、その成功・失敗が大きく変わってくるんです。とりあえず結婚してみて、その後自分が「この人と結婚したという意思決定をより良くする」ように生活するほうが手っ取り早いんじゃないでしょうか。これは仕事にもそのまま当てはまる要素が大きいと思います。まるで牧師のようなことを申しましたが、僕自身は結婚生活で大切なものは3つ、「我慢・忍耐・耐え忍ぶ心」をモットーにやってまいりました(笑)。

未婚女性の不満「結婚していない女は欠陥があると言われる」

――結婚に関して、女性の方からこんなお悩みも来ていました。「結婚イコール正義なのでしょうか。『結婚していない女は欠陥がある』と周りに言われて、仕事をして自立した生活を送ってきたのに気持ちがふさぎます」。

楠木 「結婚は正義だ」と言う人は、ごく個人的な経験に基づく思い込みが激しい人、もしくはよほど結婚生活が不幸で「自分みたいなやつを増やしてやれ」と思っている人でしょうね。全く気にする必要はありません。結婚なんてしたいと思えばすればいいし、気が向かなかったらする必要はないし、やってみてダメだったらやめればいい、その程度のこと。結婚=正義だなんて世迷言です。僕が苦手な「良し悪し族」は、個人の好き嫌いの問題でしかないような世間の出来事について、「ここがおかしい」「だから日本はダメなんだ」などと声高に主張しています。

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©山元茂樹/文藝春秋

 たとえば、氷山の海の上に出ている部分が「良し悪し」だとすると、その海の下には見えないけれども個人の「好き嫌い」が大きく広がっている。世の中には「良し悪し族」と「好き嫌い族」がいて、「良し悪し族」は水面上に出ている部分が多ければ多いほど良い社会だと考えて、様々なルールを設定したりして、一生懸命氷山を上に持ち上げようとします。一方、僕も含めた「好き嫌い族」は、「各々が自分の好き嫌いで仕事や生活をしていけばいいじゃない」と思うわけです。自由で平和なんですね。いまの社会は「良し悪し族」が優勢で、デカい面をしています。このことが気になって、僕は今回の『すべては「好き嫌い」から始まる』という本を書いたというわけです。

 僕の考えは、「マクロには平和、ミクロには健康」。この2つさえあれば、あとは自分の好きなようにやっていいんじゃないか」というものです(笑)。戦争が起きた場合や健康が害された場合は、もう好きも嫌いもへったくれもないですが、それ以外は大抵「好き嫌い」の問題です。自分の「好き嫌い」で考えれば、ほぼ全ての問題は解決すると思っています。自分の中の「好き嫌い」を言語で抽象化して研ぎ澄ませていく。仕事にしても生活にしても、それが最強の「自由になる技法」だと信じています。

――本日のトークイベントはここまでにしたいと思います。ありがとうございました。

楠木 建(くすのき・けん)

一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻(ICS)教授。1964年、東京生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略。『ストーリーとしての競争戦略』が20万部超のベストセラーとなる。他の著書に『「好き嫌い」と才能』『好きなようにしてください』『戦略読書日記』などがある。