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 最終的に編集部が目撃した「ニワカ」は5匹。太陽が真上に昇る頃、「ニワカ」たちは撤収していった。

 

「ニワカ」は一体なんだったのか、解説してもらった

 我々は一体何を目撃したのか。翌日、祭りを運営する「若い衆」の一員である小清水良平さん(40)にお話を伺うことができた。

 

――そもそもの三ツ屋野の秋祭りの趣旨を教えてください。

小清水さん(以下、小清水) 秋といえば穀物の収穫時期ですので、豊作を祝うお祭りだと聞いています。

――昨日「ニワカ」を見学させていただいて衝撃を受けたのですが、「ニワカ」が登場するのはまだまだお祭りの序盤なのだとか。

小清水 ええ。祭りの流れを、順を追って説明しましょうか。

 まず、朝8時頃に神主さんがいらして、一緒に神社を参拝します。自分たちはお神酒を届ける役目です。ここからお祭りが始まります。そのあと、「ニワカ」が出てきます。「ニワカ」は神様の遣いなのですが、お面が赤いのは酔っ払いだから、という説もあります。恐ろしく見えるんですが、縁起物なんですよ。

 

――「ニワカ」はみなさんのうちの誰かが扮していると聞いたのですが、中の人が誰か、後日バレたりしないのですか。

小清水 暗黙の了解があるので、漏れることはないです。誰が入っているのかわからないから、面白いのであって。

「ニワカ」が引き上げると、次は「獅子殺し」が始まります。大きな獅子と、武器を手にした「棒振り」が対決する演舞です。こちらは集会所や広場で3回、神社で1回、町の役員の家も1軒1軒回るので、計12回演じます。

――12回も! 体力使いそうです!

小清水 使います(笑)。中の演者は交代しているんですけどね。

 先ほど町の役員の家も回ると話しましたが、祭りの当日は「無礼講」なので、町中の家で宴会で行われています。役員のみなさんのおうちも同様です。みなさんのおうちの前で「獅子殺し」を披露させていただき、「良い演舞でした」ということで花をふって(注:祝儀を出して)いただいたり、おうちにあがらせてもらって、お酒やお食事をご馳走になります。

 

 

 最後は、すでに集会所や神社でも披露していた、円になって踊る「甚句踊り」をします。これは「ヘンテツ」と呼ばれる赤いハッピを着た若い衆だけでなくて、紺色の着物を着たOBの皆さんも参加されます。

三ツ屋野町には若い人が多い?

――「若い衆」と呼ばれるみなさんがお祭りを運営していると聞いたのですが、何人くらいで準備しているのですか?

小清水 20人ほどで運営しています。基本的に、下は中学3年生から、上は35、36歳まで。社会人は15、16名で、あとは学生の方に入っていただいています。

――若い方が多いですよね。

小清水 いやいや、やっぱり人数が減ってきていますよ。町内に住んでいるメンバーは、3分の1くらい。祭りの際だけ帰ってきてもらって、協力してもらっているメンバーも多いです。