京都の住宅街にある、国産牛ステーキ丼専門店『佰食屋(ひゃくしょくや)』は、10坪、14席の小さな定食屋。この店のビジネスモデルが、いま注目を集めている。経営者の中村朱美さんは京都生まれの京都育ち。現在5歳と3歳の2児の母。あるとき、料理が趣味の夫が作ったオリジナルのステーキ丼を食べて絶句した。
「死ぬ前にはこの1杯を食べたいと思ったんです。この味を独り占めするのはもったいない、とも。そこで、2012年に夫と2人で佰食屋をオープンさせました」
1日100食限定。メニューは3種類。営業時間は11時から14時半のランチのみ。そこに平日も土日もひっきりなしに客が訪れる。それでいて、この店には人気店の裏にありがちな従業員の過酷な労働がない。正社員は、基本9時出社で17時台には退社。有給休暇はどの社員も全て消化し、ボーナスは年3回。「従業員の働きやすさ」と「会社の経営」が両立している超ホワイト企業なのだ。
「そもそも企業における『常に右肩上がりをめざす』という考え方が本当に正しいのかを検証したかったんです。業績アップを求められる従業員はどこまでも走り続けなければならず、経営側は投資を続けなければならない。しかも成長が頭打ちになったときのリスクはあまりに大きい。だったら、あらかじめ売上の上限を決めてしまおうと考えました。1日100食を売る。どんなに売れてもそれ以上は絶対に売らない、と」
商売人なら、いやきっと誰もがもつ「より儲けたい」という欲はなかったのか。
「佰食屋を始めるとき、自分たちが本当に働きたいと思える会社を作ろうと決めました。そんな会社の条件とは、家族揃って晩御飯を食べられる時間に退勤できること。どんなに儲かっても、自由な時間がなければしあわせにはなれない。かといってお金が少なすぎては不幸になる。時間もお金もどちらも諦めない絶妙なラインが100食でした」
中村さんは従業員ファーストを貫く。このブレない理念は、売上をギリギリまで減らす、多店舗展開はしない、夜間の営業をやめる、従業員に売上目標を課さないなど、従来の飲食のビジネス戦略とは真逆のアイデアを次々と打ち出していった。
「イノベーションって他業種から生まれると思うんです。私が、企業経営も飲食業界での経験もないど素人だったからこそ閃いたアイデアも多いと思います」
創業前にビジネスプランコンテストで審査員たちに「うまくいくわけない」と一蹴されたアイデアは、彼らの予想を裏切って次々と成果をあげていく。創業5年目までに2店舗の姉妹店をオープン。従業員は約30名になった。業績アップだけでなく、フードロスほぼゼロ化、ダイバーシティ経営なども実現。この奇跡のビジネスモデルの正体が本書で明かされていく。
「働く人を何とか仕組みでしあわせにしたいと考え、佰食屋のシステムは生まれました。でも、どんな人にとっても佰食屋の働き方がベストだとは思っていないんです。その人の年齢や環境、フェーズなどによって最適な働き方は変わってくる。寝る間も惜しんで働くのがベストという時期の人もいるでしょう。でもたとえば小さな子どもがいて長時間働けない人や業績至上主義の会社でうまく対応できなかった人などの選択肢のひとつになるといいと思っています。どちらかというと佰食屋が羽を休める場所になるといい。休んだあとはまた元気に飛び立てるかもしれませんから」
なかむらあけみ/1984年、京都府生まれ。京都教育大学卒業。広報担当として学校法人に勤務したのち、飲食事業と不動産事業を行う「(株)minitts」を設立。2012年に「佰食屋」を開業。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」など受賞歴多数。