将棋の戦法は、大きく分けて二つある。序盤に大駒である飛車を動かさない「居飛車」、そして飛車を横に移動させる「振り飛車」だ。振り飛車は、大駒が盤上を飛び交う派手な展開がファンにも人気で、かつて棋界に君臨していた大山康晴十五世名人も得意としていた。
本当に振り飛車に未来はないのか
ところが、近年では振り飛車党の受難の時代が続いている。現在8つあるタイトルを保持しているのは、いずれも居飛車党。名人への挑戦権を争う順位戦A級リーグに所属している棋士10人のうち、純粋な振り飛車党は1人しかいない。
理由の一つとして、コンピュータ将棋のレベルが飛躍的に上がる中で、「振り飛車は不利である」と半ば結論付けられている点がある。飛車を横に振っただけで、コンピュータによる形成判断を示す「評価値」は大幅に下がる。すると、コンピュータを研究に取り入れている棋士の多くにとって、振り飛車は端から選択肢にならないのだ。
しかし、本当に振り飛車に未来はないのか。現在のソフトは、盤面を正しく評価できているのか――。コンピュータ将棋の側からロマンを追い求める一人の男がいる。
振り飛車党の第一人者として気を吐く“さばきのアーティスト”こと久保利明九段も注目する、振り飛車特化型の将棋ソフト「ハニーワッフル」の開発者・渡辺光彦さんに聞いた。
由来は「スイーツみたいに軽く飛車を振る」
――もともと将棋との出会いは何だったのでしょうか。
渡辺 小学校の頃にルールを憶えて、大学では囲碁将棋チェス部に入っていたんですけど、大学ではむしろ囲碁を本気でやりたかったんです。ちょうど『ヒカルの碁』が流行っていた時期でもありました。本格的に将棋にハマったのは、ドワンゴが主催していた「第2回将棋電王戦」がきっかけです。現役のプロ棋士とコンピュータが対局するという企画で、塚田先生(泰明九段)が、終盤すごい何度も得点を数えて、何とかして引き分け(持将棋)に持ち込んだ一局が、強く印象に残っています。
――ただ、電王戦でコンピュータ将棋が面白そうだなという興味から自分で作るとなると一気にハードルが上がると思います。自分でやろうと思ったきっかけはあったのでしょうか。
渡辺 やっぱり平岡(拓也)さんの「Apery」であったり、「技巧」「やねうら王」など、強い将棋プログラムのソースファイルが公開されていたのが大きいですよね。外から「将棋でなにか楽しそうにやってるな」と思っても、実際にどういうものを作ればいいのか全然わからなかったんですけど、オープンソースを見れば仕組みがわかる。特に「やねうら王」は解説も充実していましたし。
――「振り飛車」でやるという方針は、いつぐらいから?
渡辺 初代の「ハニーワッフル」はライブラリに頼らないで、完全手作りでしたけれど、結局思ったように「振り飛車」にはならなかったんですよね。あまりにも完成度が低くて、ルール通りには指せるんですけど、飛車を振るまでのレベルに至らず……。ただ、名前の由来の中に「スイーツみたいに軽く飛車を振る」という意味合いを込めていたので、最初から振り飛車を志向していたのは間違いないです。