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将棋ソフト「ハニーワッフル」開発者が掲げる「不利飛車とは呼ばせない」という冷静な情熱

将棋ソフト「ハニーワッフル」開発者が掲げる「不利飛車とは呼ばせない」という冷静な情熱

なぜ「振り飛車」にこだわるのか。プログラマー・渡辺光彦さんに聞く

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印象に残っている鈴木大介九段の「すごい勝ち方」

――観る将としては、応援している棋士はいますか。

渡辺 もともと「電王戦」で将棋にハマったときには棋士の方のことはよくわかっていませんでしたが、いまでは振り飛車党の棋士全般と、あとはやっぱりコンピュータ将棋に熱心な千田さん(翔太七段)は特別な存在です。実際にお話をさせてもらったこともありますし、コンピュータ将棋選手権の会場でも私服姿で写真に写り込んでいますからね。あまりに自然すぎるので、パッと見ではプロ棋士だとは気付かれない(笑)。

――最近並べられた対局で印象に残っているのは?

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渡辺 印象に残っているのは、久保九段が藤井聡太七段にノーマル四間飛車で勝った対局(今年のヒューリック杯棋聖戦2次予選)ですね。

 あとは、今年の5月5日にコンピュータ将棋選手権の決勝があって、そのときセレモニーに出席した鈴木大介九段が「振り飛車がなくて残念だった」というお話をされていたんですけど、次の日にすごい勝ち方をされたんですよ(竜王戦3組、対中村太地七段戦)。

 ハニーワッフルで検討しながら見ていたんですけど、コンピュータ将棋の視点からすると「悪手」と呼ばれるような評価値が下がってしまう手を鈴木先生は指すんです。ところが、次の番の候補手が、軒並み平均的に評価値が上がってくるという現象が発生したので驚きました。どんどん候補手が良くなる手があるんです。コンピュータは2番手、3番手の候補のことは気にしないんですが、人間的には「どう指しても良くなる手」が「いい手」ですよね。

 

ニコ生では「不利飛車」をNGコメントに

――第29回世界コンピュータ将棋選手権に提出されたハニーワッフルのアピール文書には、「ポエム 振り飛車について」と題したページにこんな印象的な記述がありました。〈振り飛車をコンピュータ将棋でやるのは、個性派揃いの振り飛車党棋士の方々の領地を重機で荒らすような、無粋な行為だと思って後ろめたい面があった。また、振り飛車をコンピュータで調べていって、振り飛車のすばらしさを追求するつもりが、逆にこういう理由で振り飛車はだめなんだよという結果になったらイヤだなあというのもあった。ただよく考えれば、自分ごときがちょっとやったところで何の影響もないし、そもそも将棋はそんなに浅くないだろと〉。棋士へのリスペクトと振り飛車への愛がすごいなと感じました。

渡辺 「重機で荒らす」っていうのは、例えば藤井システムの手をすべて定跡化して、それをさらに深く探索して、みたいなことはちょっと野暮だなあと思っているんです。その道のプロが人生をかけて築いたものを、そういうことに使ってはいけないのかな、と。

 ちなみに、自分はニコ生を観るときに「不利飛車」というコメントをNGにしています。もちろん、自分でも現状不利だとは思いますけど、スクリーン上で「不利飛車」って書かれるとカチンとくるんですよね。

――そこまで振り飛車にアイデンティティを感じられるというのは、まさに「沼」ですね。

渡辺 まあ、自分でもびっくりですけどね。

 

――今後もハニーワッフルの開発を続けていきますか。

渡辺 そうですね。とりあえず、振り飛車メインの将棋ソフト開発者で、自分より強い人が出てこないと辞められません。たくさん出てきてほしいですけど。今年は2次予選で勝ち残れなくて「振り飛車ダメだったのか」と言われたので、自分の責任が大きいのかなって勝手に思っています。期待してくれていた人がいっぱいいるので、それがモチベーションになっています。

――当面の目標は、やはり来年の選手権ですか?

渡辺 はい、コンピュータ将棋選手権で決勝リーグを戦いたいです。優勝は……、出るからには目標は優勝ってやっぱり言わないといけないですかね。

 ただ、究極的には、仮に「将棋の真理」があるとして、振り飛車は不利じゃないよね、と証明したい。客観的に振り飛車の評価値は低くないですよね、というのが一番のテーマです。そのためには既存の居飛車ソフトの延長線上では難しいので、どこかで新しい次元に進まないといけないですね。

写真=平松市聖/文藝春秋

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