なぜ振り飛車の評価値が低いのか
――久保利明九段は、「コンピュータは振り飛車を十分に評価できていないんじゃないか」とおっしゃっていました。ずっと振り飛車の将棋を指してきた棋士として、直感的な局面の形勢と、コンピュータによる評価値が、特に序盤中盤ではあまりに離れていることが多いと。なぜ飛車を振るとコンピュータはマイナスの評価を下すのでしょうか。
渡辺 このインタビューを受けるに当たって、いろいろ考えてきました。振り飛車の評価値が居飛車に比べて低く出ちゃう理由というのは、大きく分けて2つあると思うんです。ちょっとそれを喋らせてください。
将棋の初期局面では、自陣の角には一つも動ける場所がありません。しかも、角の前にある8七の歩は浮いていて、どの駒にも守られていない。だから、そこを狙って飛車先をどんどん突いていくのはある意味当たり前だと思います。逆に飛車を横に移動させると、わかりやすい相手の弱点を突けなくなる。さらに飛車を動かすために1手余計にかかってしまう。だから、とりあえず弱点になる角は交換すればいいんじゃないかなと思っています。
あとは、「勝ちやすさ」ですね。振り飛車にすると手数が長くなって、勝つまでの距離が遠いんです。世界コンピュータ将棋選手権でも、対抗形になるとすごく手数が伸びる。相居飛車の方が早く決着することもあって、平均すると30~50手ぐらい長いはずです。対局が終わったら食事休憩なのに、全然終わらなくて私だけ食事に行けないという事態もよく発生します(笑)。コンピュータも、短い手数で勝てるなら、短い方を選ぶのは当然かなと思います。
ただ、そうなると、こちらだけ対抗形にすることをわかっていますから、対局が長引くことも織り込み済みなのです。最近だと、豊島将之名人が、序盤の研究範囲はゼロ分で飛ばして、全然持ち時間が減らないですよね。それと同じように、ハニーワッフルは振り飛車の定跡があるので、序中盤であまり時間を消費しない。手数は長くなる。相手がいつものペースで時間を使っていると、終盤に時間が足りなくなる。そういう時間を攻めていく作戦がメインでしたね、最初のころは。それが有効で7位に入賞できたという部分もあります。
コンピュータに誤算があると「反省しちゃった」
――コンピュータ将棋だと持ち時間はどれくらいなんですか?
渡辺 当時は持ち時間10分で1手指すごとに10秒プラスされる「フィッシャールール」でしたね。第29回大会からは、「持ち時間15分、1手指すごとに5秒プラス」に変わっています。
――コンピュータ将棋選手権の対局中というのは、どんな感じなんですか。プログラマーはどういう風に勝負をご覧になっているんですか。
渡辺 会場にPCがいっぱい並んでいます。開発者は対局が始まってからソフトに干渉したらルール違反になっちゃうので、席を離れておしゃべりしながら眺めていますね。人間の棋戦だと、ニコ生で評価値が上にバーで出るじゃないですか。あれって、1つのソフトでやっているので有利・不利の値は、それぞれの数字のプラスマイナスを裏返したものですよね。
コンピュータ将棋選手権だと、お互いに自分がプラスだと主張している場合があるんですよ。「あれ、いまこっちプラスだけど、そっちはどう?」と聞くと、「いやこっちも自分がプラスだと言っている」とか。局面が進むと急にどちらかがマイナスになって、誤算があった方が「こっちが反省しちゃった」と(笑)。それが面白いですね。自分がかかわってない対局も同じように観て、「どこが違うんだろう」と考えることが勉強になります。
――ハニーワッフルを使って、「観る将」的にプロの棋譜を並べて楽しむこともあるんですか?
渡辺 正直、あんまりないですね。タイトル戦で封じ手になった時にハニーワッフルを使うことはありますけど、相居飛車のプロ棋戦だとやりません。並べるのはもっぱら盤でやっています。
――リアルの盤ですか?
渡辺 最近、折りたたみの安い盤を買いまして、振り飛車の棋譜は直接並べていますね。コンピュータ将棋の開発者というよりも、完全に観る将の趣味ですけれど(笑)。