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現役引退した上原浩治が作家・万城目学と振り返る「孤独だったからこそ強くなれた、ぼくらの雑草時代」

 受験失敗から作家デビューまで、失敗続きの道程をユーモラスに描いた、万城目学さんの週刊誌連載「人生論ノート」がついに書籍化! 刊行を記念して、“同学年、同郷、一浪”が共通点である大投手・上原浩治さんと苦汁をなめた雑草時代の思い出をじっくり語ります。

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万城目 同い年の友達に今日の対談のこと、めっちゃ自慢してきたんです。いいクイズが出せました。「お相手はスポーツ選手、同学年、同郷の大阪出身、1年間の大学浪人経験アリ。さて誰でしょう?」と。

上原 僕、ですよね(笑)。僕は1975年4月3日生まれなんですが……。

万城目 僕は1976年2月の早生まれです。上原さんは寝屋川市出身、僕は大阪市内ですね。幼稚園の頃から巨人ファンでして、若き上原さん、松井(秀喜)、高橋(由伸)が躍動していた頃は特に、熱心に追いかけていました。

上原 関西の野球ファンは、阪神か巨人かに分かれますよね。

上原浩治さん

万城目 上原さんは巨人ファンだったんですか?

上原 阪神ファンでした(笑)。

上原浩治と言えば、「雑草魂」

万城目 「今日上原さんと対談するんや」って、関西の友達3人に連絡したんです。3人とも阪神ファンなんですけど、3人とも「でも、上原は好きやで」って言ってました。なんでなんですかね?

上原 僕が巨人に入団する時に、会見で「巨人に染まりたくない」って言ったんです。それでちょっと叩かれましたが、阪神ファンは意気に感じてくれたんじゃないですかね。僕としては「巨人ってエリートの集まりだけど、自分は違う」という意味で言ったんです。

万城目 上原浩治と言えば、「雑草魂」ですよね。

上原 高校の野球部ではレギュラーでもなかったですし、大学受験に失敗して一浪しているし、大学時代もそこまで強いリーグでプレーしていたわけでもない。エリートの反対語みたいな意味合いで、「雑草」という言葉を選んだのだと思います。

雑草は踏まれても踏まれてもまた生える

万城目 僕は一浪して大学に入って、5年かけて卒業して繊維メーカーに就職したんです。忘れもしない勤務初日、工場長に「新入社員は1人ずつ抱負を述べろ」と言われて、「雑草魂でやっていきたいと思います」と語った奴がいました。それを聞いた時に、いろんな場面で使えるいい言葉だな、と。

上原 僕の野球人生はケガばかりでしたが、「ケガしても、もう1回這い上がれる」という意味でも使っていましたね。雑草って踏まれても踏まれてもまた生えてきますから。

万城目 よくスポーツ選手が「願えば夢は必ず叶う」みたいなことを言うじゃないですか。僕はひねくれてるから「え~、そうか?」とか思っちゃうんですけど、「雑草魂」はアリなんですよね。「今は全然ダメでも、最終的には良くなるんちゃうか?」って、無条件に勇気づけられるんです。すごく詩的な言葉だと思うんですよ。「雑草」という単語を使って詩的な表現をした人って、上原浩治か、「雑草という草はない」の昭和天皇ぐらい。

上原 言いすぎでしょう(笑)。