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 権利をはっきり押出すには、まず義務の範囲を明確にしておかないと危険だ、という考えが骨の髄までしみこんでいる。だから温情なんて期待できず、施そうともしない。非常に冷たい人間関係だといえる。日本では近代的な大企業でも、よく「○○一家」などという呼び方がなされているが、こんな家族主義はアメリカでは味わえないものだ。

 会社における同僚のつきあいも、同僚というよりは互いに競争相手だというライバル意識の方が強い。それがいいとはいちがいにはいえないが、真の競争力を企業につけるためには、ある程度こういう風潮も必要なのではないかと思う。

 アメリカ人は時間から時間まで働くと、さっさと帰ってしまうとか、バケーションが多いとか、何となく日本人ほど働かないように思われているけれども、一方で能力のある人間は日本以上に働いていることを忘れてはならない。日本では能力のある人もない人も大体平均レベルで仕事をしていこう、というのが一般的だが、このやり方ではアメリカの高い生産性にいつまでたっても追いつけないだろう。アメリカと日本では競争による能力開発の差はあまりにも大きい。

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 もっと働け、もっと仕事を消化せよ、などというと何をいまさらと笑われるかもしれないが、この簡単な原則を、もう一度、開放経済の中で考えていかなければならないと思うのである。アメリカをはじめとする先進国の荒々しい経済攻勢に耐え、勝つために――。

 

 

《解説》予言通り、日本の「カイシャ」は国際競争に敗れた

ジャーナリスト・大西康之

 盛田がこの論文を書いたのは今から半世紀前。この間、日本の「カイシャ」は全く進歩していない。東芝の粉飾決算など相次ぐ企業不祥事を見れば、むしろ退化していると言えるかもしれない。

 半世紀前、関税に守られてきた日本企業が「自由化」によって外国企業との競争にさらされることになった。かつてニューヨークに住み、米国エリートの凄まじい働きぶりを目にしてきた盛田は危惧する。

〈日本は“重役天国”といわれるが、これがつづくかぎりは、外国との競争に打勝つことはむずかしいような気がする〉

 盛田の予言通り、ソニーを含む多くの日本企業は外国企業との競争に負けた。負けた相手は米国や欧州の企業だけでなく、韓国、台湾、中国の企業にも追い抜かれた。

 2012年、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と提携交渉をしたシャープの町田勝彦会長(当時)は、高いスーツを着てお重に入った弁当を食べながら静かに会議をする日本の役員と、コンビニ弁当をかき込みながら深夜まで唾を飛ばして議論するホンハイの役員を見比べ「これは勝てない」と悟った。盛田もこう言っている。

〈アメリカの企業というのはたしかに営利団体であるが、日本はそうではないような気がする。(中略)極言すれば“社会保障団体”の観さえある〉

 日本のカイシャで出世するなら、求められるのは突出した「成果」より「忠誠心」。短時間で多くの利益を稼ぐ者より、だらだらとオフィスに長くいる者が評価される。長年、粉飾決算を続けていた東芝社内で見られたのは、終身雇用と年功序列という「社会保障」を得るために、思考を停止して全体に従うサラリーマンたちの悲しい姿だった。