脳のオン・オフの切り替えを失って“うつ状態”に
もう一つ、自粛生活が精神状態に与えるダメージがある。日常生活での“変化”の喪失だ。
「人は、生まれたときから社会生活の中で、様々な人と触れ合うことで成長し、また日常のリズムを醸成します。人とのふれあいや通勤通学の途中で眺める景色の移ろいなどは、当人にその意識は無くても、脳のオン・オフを切り替える上で非常に重要な役割を果たしているのです。ところが、そうした機会を失ったことで、自律神経はつねにアンバランスな状態になってしまった」
イライラの背景には、自律神経失調状態が疑われるのだ。
精神的なストレスの長期化により、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れると、睡眠リズムの崩れ、ゲームやネット依存の進行、食生活の偏りなどが生じてくる。
しかも、外出しないことで日光を浴びる量が減ると、セロトニンという神経伝達物質が不足する。運動不足が続くと、ドーパミンという満足感や達成感を得る神経伝達物質を出すシーンはネットやゲームに限定されてくる。
「こうした神経伝達物質の悪循環は“うつ状態”を引き起こします。うつ状態は気分が落ち込むもの、と思われがちですが、刺激に過敏な状態でもあるので、ちょっとしたことでイライラが爆発することは珍しくない。いま多くの人がこの状態に近づいているのではないかと思われます」
コロナ禍で「二つの物質」の数値が変化している?
そこで丹羽医師が注目するのが、二つの物質の体内変動だ。
一つは「コルチゾール」、もう一つは「カルシウム」だ。
「これは私の個人的な実感なのですが、新型コロナウイルスの感染が拡大してから、私の外来を受診する患者のコルチゾールの値は上昇、カルシウムの値は低下を示すケースが多いように思うのです」
コルチゾールとは副腎皮質で作られるホルモンの一つで、精神的なストレスを受けると上昇することから「ストレスホルモン」の異名を持つ。
一方のカルシウムは、骨の原料として馴染みのあるミネラルだが、一方で神経細胞の興奮を調節する役割も担っており、カルシウム濃度が下がると神経細胞の興奮の抑制が効かなくなり、イライラ傾向になる危険性が指摘されている。
しかも問題はイライラだけに留まらない、と丹羽医師は警鐘を鳴らす。
「コルチゾール値の上昇とカルシウム値の低下は、免疫力の低下に関わるというデータもある。つまり、自粛生活で貯めたストレスがコルチゾールとカルシウムの値に影響することで、逆にウイルス感染のリスクを高めることにもなりかねない――ということなのです」