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琉球王国の文化を語る色

 300以上確認されているグスクの中でも、琉球国王が居所とした首里城はトップ・オブ・グスクと呼べる存在です。海外諸国との交易を行う流通・政治・経済の中心地であり、各地に配置された神女たちを通じて王国祭祀を行う宗教上のネットワークの拠点でもありました。首里城の周辺で、芸能・音楽・美術・工芸など独自の文化が発達しました。

 正殿の壁面を彩っていた美しい朱色も、琉球独特の色です。琉球王府御用品の漆塗り業務を担当していた貝摺奉行所の文書から、外壁の顔料や漆塗りの基本工程と技法が明らかになっていました。正殿をはじめ淑順門や漏刻門などの外壁は、研究の成果をもとに、琉球の漆塗装技法を取り入れて往時の色へとよみがえらせたものでした。

大龍柱は琉球のオリジナル。中国皇帝を象徴する龍が5本指なのに対し、4本しかない(平成31年2月撮影)。
首里城正殿。平成30年11月に外壁の漆が塗り直されたばかりだった(平成31年2月撮影)。

 外壁の塗装の工程は27にも及び、桐油と弁柄を混ぜたものを塗っているのが特徴。赤色の顔料は弁柄で、桐油は琉球で密陀絵に用いられたもの。正殿の外壁塗装では黒漆の上に桐油弁柄を塗っているため、茶を帯びたような深みのある赤色に仕上がるのだそうです。緋色のように鮮やかでありながら、茜色のような心落ち着くトーンでもある朱色。中国建築の影響を強く受けながらも日本の伝統色を連想させる色合いなのは、琉球王国が中国と日本の様式や技術を取り入れながら独自の文化をつくってきたからでしょう。

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琉球王府が管理した高級酒「泡盛」

 沖縄の名物・泡盛も、琉球王国が生んだ食文化のひとつです。今でこそ誰もが気軽に楽しめるポピュラーなお酒ですが、かつては琉球王朝が交易に用いた、庶民は口にできない高貴なお酒でした。江戸時代には幕府への献上品とされました。

瑞泉酒造の「御酒」は、戦前の黒麹菌を用いた幻の泡盛。古酒は甕で3年以上寝かせたもの。 ©文藝春秋

 泡盛は琉球王府の管理下に置かれ、「首里三箇」と呼ばれる城下町の3つの地域(崎山・赤田・鳥堀)のみでしか醸造を許されていませんでした。戦後に多くの酒蔵が移転し、現在も首里三箇に残るのは3軒のみです。そのうちのひとつである瑞泉酒造は、古い酒に新しい酒を継ぎ足す、王朝時代から伝わる熟成方法「仕次ぎ」を継承。沖縄地上戦で全滅したとされながら奇跡的に発見された黒麹を用いた泡盛も醸造しています。