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科学史家・村上陽一郎が考えるコロナ時代の教養「『知らない、何でもあり』の状態は恐ろしい」

科学史家・村上陽一郎さんインタビュー #2

note

健康状態というのは個人情報の最たる部分

――強制的な政策が命を救う場合も、現実的にはあるわけですからね。

村上 例えばワクチンの強制接種です。社会防衛から言えば、全国民に強制接種させることができれば明らかに効率がいい。しかし、多くの国では現実的に私権を無視するのか、つまりワクチンを打たない権利もあるだろうという声が出る。結局、修正が入り、強制的な公衆衛生の政策というものは、なかなか取りにくい。監視型社会への期待は増すかもしれませんが、中国のように元々監視が常態化している国でもない限り、急激にシステムが変化する国が続出するとも思えません。

――日本では感染者との濃厚接触の可能性を知らせるアプリ「COCOA」が開発され、運用が始まりましたが、もちろん使用する、しないは任意です。

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村上 健康状態というのは個人情報の最たる部分です。一方で、公衆衛生の観点からすれば、まさに公共に提供するべき情報であるとも言える。国家としてはプライバシー優先で考えるか、効率優先で考えるかのせめぎ合いになるわけですね。どこで線を引くかと。しかしこれは国家や政策決定に関わる人たちだけが考えればいい問題ではないわけです。つまり、健康というプライバシーに関わる制限や強制については、私たち個人が考え、声を発さなければならないはずです。

 

デンマークで広がった「PTA方式」

――しかしながら、医療や科学に関わるもの、さらにはテクノロジーに関する政策については、特に専門的な知識や経験が必要です。一般の国民が意見を発信し、何かを反映させることはなかなか難しいのではないでしょうか。

村上 もちろん一筋縄ではいかないでしょうし、実際に「人との接触機会の八割減」という私権に関わる提言を打ち出した専門家会議は、まさに専門家のみによる会議でした。ただ、アフターコロナの時代にどういった公衆衛生の政策を目指すべきか、こうした熟議が必要なものに関してはPTAという方式を考え直してもいいのではと思っています。

 PTAとはParticipatory Technology Assessmentという言葉の略で、日本語で言うと参加型技術評価。デンマークで熱心に行われていた方式なんです。例えば、一つの政治的な科学技術が関連しているイシュー、課題や問題があった時に、一般市民が大規模、中規模、小規模の何種類かの規模で集まって、専門家から話を聞き、質疑を重ねながら最終的に市民としてのコンセンサスをまとめるという議論の仕方です。