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仲間を愛し、名古屋を愛し、家族を愛するドラゴンズの主砲・ビシエドの物語

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/08/19
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涙のビシエド一家お別れパーティー

 日本の野球だけではなく、生活にもフィットしているビシエド。それは家族が街に馴染んでいることが大きい。2018年に長男ジュニアが少年野球チーム「大須パンサーズ」に入団した。最初は言葉の壁があったが、白球を追う魅力に国境はなく、すぐに多くの仲間ができた。その年の冬にはチームメイトと親たちの主催でパーティーが開かれた。場所は小さなコミュニティセンター。ジュースとピザを囲んだ。実は翌年以降の契約が未定だったビシエド一家を招いてのお別れ会だった。出席者の1人が言う。

「子供たちは『お別れ会じゃない。また、絶対会うんだ』って言っていました。最後、全員でタクシーが待つ玄関までの廊下で花道を作ったんです。ビシエドの応援歌も歌いました。子供たちはジュニアと握手をして『また、一緒に野球やろうね』と見送ったんです」

 ジュニアは別れを惜しみ、ビシエドは心を打たれ、アナイス夫人は大粒の涙を流した。

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「その後すぐに3年契約が決まったというニュースを聞いて、我々も嬉しかったですし、子供たちも大喜びでした」

 再び大須パンサーズのユニフォームに袖を通したジュニア。今では小学5年生チームの中心選手だと井浪善夫総監督は目を細める。

「ポジションはショートかピッチャー。たまにキャッチャー。打順は3、4番。右投げ左打ちですが、脇を開けて肘を高く上げるフォームはお父さんそっくり。打球もライナーが多く、反対方向へ長打が打てる。ショートの時はピンチでタイムを取って、マウンドで声を掛けることもあります。日本語もどんどん覚えて、キャッチャーをした時はいきなり『締まって行こう! 声出して行こう!』と叫んだんです」

 去年のオフ、ビシエドはジュニアの誕生日会を開いた。大須パンサーズの仲間と親を戸田川緑地公園に招き、バーベキューをしたのだ。自ら肉を焼き、「いつもありがとうございます」とお礼を言って回ったそうだ。

「クリスマスパーティーの時は大人だけの二次会にも夫婦で来てくれました。ビシエドさんは紳士で温厚。居酒屋で一緒に飲んでいると、失礼ですが、プロ野球選手というより野球好きな息子を持つ普通のお父さんという感じ。その日はカラオケにも参加しました。ビシエドさんは『ラ・バンバ』、奥さんは『ダンシング・クイーン』を歌っていました」

 ジュニアとビシエドの会話も多くの野球好き親子と変わらない。

「お父さんはよくバッティングや守備のアドバイスをしてくれるよ。ただ、時々ミスについて言ってくることがあって、それは僕も分かっていることだから、ちょっと嫌なんだ」と口をとがらせる。一方、ジュニアがお父さんに指示することも。「あの打席はもっとライナーを打つつもりじゃないとダメだよってね。すると、『そんなこと分かっているよ』って言い返してくるんだ」と笑う。

 ジュニアに大須パンサーズで野球を続ける理由を聞いた。

「楽しいから。それと仲間が僕をリスペクトしてくれていると感じるから。あとは仲間が大好きだから」

 その理由、お父さんと同じかもしれない。

 4年前、異国の地に足を踏み入れた。ヒーローになる日も戦犯になる日もあったが、おごらず、腐らず、技術を磨き、実績を積み上げ、信頼を勝ち取り、家族とともに街に溶け込んだ。そして、今、かけがえのない仲間がいる。

「お父さんはいつも『Enjoy the game!』って言うんだ。仲間と野球を楽しめってね」

 竜の主砲は今日も戦う。愛着ある名古屋の地で、大切な仲間とともに。

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