新興感染症の流行と相次ぐ異常気象。生態系への介入が引き起こす「自然の逆襲」が加速化している。私たちは自然とどのように付き合えばよいのか? 知の巨人・立花隆さんは、デビュー作『思考の技術』の中で、私たちに重要なヒントを教えてくれている。「自然と折り合いをつけるために我々が学ぶべきものは、生態学(エコロジー)の思考技術である」と。

 色褪せない立花隆さんの透徹なる思考力。50年間読み継がれてきた名著が提唱するものとは――。

※本稿は、立花隆著『新装版 思考の技術』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。

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「効率至上主義の現代文明」が生まれるまで

 人工システムは、自然のシステムと比べると、驚くほど単純である。単純であることをもってよしとする風潮が人間の間に見られるのは、人間の思考能力の限界の低さを示すものであって、別にそれが本質的によいからなのではない。もっとも、そう誤解している人が多いというのも不幸な事実である。

 ニューヨーク大停電はなぜ起こったか。配電のチャネルが単純すぎたからである。

 少ないチャネルで、単純なシステムを作ることにも、それなりの利益がある。効率をあげやすいことである。

 たとえば、人間の食物獲得のためのシステムを考えてみる。狩猟採集時代には、自然が配置した生物群集の中から、食べられるものを選びとるという手間をかけなければならなかった。それには驚くほどの労力が必要で、他のすべての動物たちのように生活時間のほとんどすべてを、食物獲得のために費やさねばならなかった。食物獲得のむずかしさが人間の繁殖を押え、狩猟採集時代の地球上の総人口は、500万人程度でしかなかったと推定されている。

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 農耕と牧畜の発明は、特殊な場所を設定して人間に可食の生物群集をそこに集めて管理するという発想からきている。人間の可食性によって、作物と雑草、野獣と家畜とを区別し、その片方のみで構成される人為的な生物群集を作ったのが田畑であり、牧場である。

 農耕牧畜の開始によって、食物獲得に関しては驚くほど効率がよくなった。この二つの技術を人類がわが物とすることによって、総人口は500万から8600万にふくれあがったのである。そして、食物獲得のために費やしていた時間が少なくなったおかげで余暇が生まれ、余暇から文化と文明が生まれ、文化と文明はさらに効率よいシステムづくりをめざし……という“悪循環”が、効率至上主義の現代文明を生み出したといえる。