文春オンライン

2020/08/31

“「反中反韓」意識と表裏一体をなすのは、すなわち「親日国」のポジティブな言説(とそうした言論)ばかりを好んで消費する行動を通じて、日本のアイデンティティを得ようと望むことである。いわゆる「反日的人物」からの批判がキツければキツいほど、「親日国」の温かみもいっそう明確になるわけである”

 許の論考からすれば、周庭(及び李登輝)が日本で受け入れられたバックグラウンドには、自国の衰退のなかで自信を喪失した日本人による、「親日」外国人を望む心理が関係していたということになる。流暢な日本語を話し、日本を好きだと話す著名な外国人の人物は、近年の日本ではなかば自動的に、強い好感を持たれるのである。

 また、もちろん許は、周庭が日本語のSNSやYouTubeを使いこなし、日本のアニメや流行曲にあえて言及してみせることで巧みに日本の大衆文化と香港の社会運動を結びつけることに成功した点も指摘している。

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周庭の印象的な一言は?

 上記の記事に限らず、香港人や台湾人による「周庭が日本で人気が出た理由」についての議論で興味深いのは、「主張が腑に落ちるから」「話の中身が心を打ったから」といった、本来ならば政治活動家として重要となるはずの要素に誰も言及していないことだ。

 事実、非常にプロフェッショナルな広報担当者である彼女は、インタビュー時に言質を取られないためなのか、紋切り型の公式アナウンス的な発言が非常に多い(デモシストの党首の羅冠聡も同様の傾向がある)。

 ゆえに、周庭本人のキャラクターの魅力はさておき、彼女の話の内容は目新しさや魅力に欠けたものであるケースが少なくない。そのため、動画で登場するテレビはともかく、話自体を原稿にしなくてはならない紙媒体の記事の場合、実は周庭はかなり記者泣かせの人物でもある。

事実、日本国内で周庭を応援している人たちも、彼女が残した感動的な一言や、インタビューでの印象的なやりとりなどを鮮明に記憶している人はほとんどないはずだろう。ちなみに今回の逮捕で「『不協和音』を聞いていた」という言葉が有名になったが、実は周庭は2017年6月に逮捕された後も同じことを言っている(野嶋剛『香港とはなにか』)。

香港デモ開始から約3カ月後の2019年8月末、黄之鋒とともに逮捕された周庭。当時、どうやら中国当局も黄之鋒や周庭をデモの黒幕だと勘違いし、「頭」をつぶせば運動が勢いを失うと考えていたようだ。 ©AFLO

ガラパゴス香港認識はなぜ生じた?

 もちろん本記事は、政治情勢が刻一刻と厳しさを増す香港の内部で声を上げている周庭本人を批判することが目的ではない。むしろ活動家として見た場合、日本での高い知名度は、彼女が香港で活動するうえでの最大の政治的資源にすらなっている。

 だが、香港デモを報じる際にはとりあえず「民主の女神」を引っ張り出しておけば事足りる、という安易な姿勢をとり続けてきた日本のメディアの問題点はやはり指摘せざるを得ないだろう。

 本来、運動全体から見れば実はそこまで重要ではなかった人物を、マスコミ向きの外見と日本語力を理由に各メディアで取り上げ続けた結果、多数の国民や政界の認識まで歪ませてしまうほどの、他国とは乖離したガラパゴス的な香港観が作られてしまった。これはよく考えてみると、かなり危ういことなのだ。

※月刊文藝春秋9月号では、安田峰俊氏による香港民主派の若者たちへの連続インタビュー「<潜伏する民主派の肉声>香港は習近平に屈しない」を掲載しています。

文藝春秋2020年9月号

 

文藝春秋

2020年8月7日 発売

「日本人はなぜ“民主の女神”周庭にハマる?」香港メディアも驚く“日本的ガラパゴス感覚”とは

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