昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/10/24

――実際にごはんまで作ることは大変じゃないですか。

永作 ふだんやっていることですからさほど苦ではなかったです。ひかり役の蒔田彩珠さんは、奈良の実家と設定されたところで家族役の俳優たち4人で1ヶ月間暮らして、地元の中学校に通っていますからね(笑)。それに比べたら私の「役積み」はたいしたことなかったです。

 ただ、子供の食の好みを知るまでは心配で……。何が好きかわからなかったのでプロデューサーに「お母さんと話をさせて!」とお願いして、「朝斗(子供の役名)が好きなものと嫌いなものを教えてほしいんです!」と電話してリサーチしたものを作りました。

 

――それをプライベートの家庭の支度などもしながらやっていたわけですか。

永作 そうですね。家に帰ればまたもう一回、家族の食事を作っていました。

――二重生活みたいですね(笑)。

永作 そうそう、まるで二重生活です。どちらが芝居なのかよくわからなくなりそうでした(笑)。このような経験は俳優人生ではじめて。ずっとその役として過ごせるという喜びは、役者としてはとても貴重でありがたい経験でした。映画はあくまで虚構ですが、そこに描かれるリアルに極限まで近づけてもらったことで演じるうえでの不安がなくなりました。

 ほかには、私たちが演じている夫婦は養子をもらう設定なので、実際に特別養子縁組の書類を書いて、NPOの団体の方に面接をしていただくという体験もしました。そういうことも含め、なにかあるごとに、どうしたらいいか井浦さんと相談して考えることで、撮影のときに本当の夫婦のような呼吸を作りあげることができたと思います。

「ごめんなさい」と思いながらそっと調整

――俳優は「自分とは違うものをやりたい」「これまで演じたものとは違うものを演じたい」という願望もあると聞くこともあります。今回の場合は自分と役が混ざっていくわけですね。

永作 確かに「自分と違うものをやりたい」という方も多いですね。でも私は、それがあまり得意ではないんです。そもそも、自分と全く違う人になれるのかなと思うんですよ。だから、役に自分に寄ってきてもらいつつ、私も寄り添うぐらいがちょうどいい。それを監督に気づかれないようにそっとやっています(笑)。

 

 監督のやりたい方向にはできるだけ応えたいんですよ。でも、ごくまれに、そこまで要望を聞いてしまうと、自分の中で少し違和感が残りそうだという思いがよぎることがあって。そういうときは心のなかで「ごめんなさい」と思いながらそっと調整します。