1ページ目から読む
2/2ページ目

三島由紀夫・長渕剛・松本人志が貧弱な文化系男子だったころ

おぐら 松本人志の変化といえば、身体を鍛え始めたことは重要ですよね。

速水 むしろ今回はそっちがメイン。松本人志の変遷を考える上で、身体のマッチョ化には大きな意味がある。

長渕剛氏

おぐら 若い頃は、威勢がいいけど痩せ型だったのが、ムキムキになって思想も変わった人でいうと、長渕剛が思い浮かびますけど。

ADVERTISEMENT

速水 もともと弱々しいキャラの男が、30歳を超えたあたりから体を鍛え始める系譜って、三島由紀夫から脈々と受け継がれる文化系男子のパターンなんじゃない?

おぐら 長渕剛は『巡恋歌』や『順子』をリリースした初期、デビューからしばらくは、か弱い男を体現しているようなルックスでしたよね。

速水 俺が好きだった頃の長渕は、粋がってるけど弱そうな近所の兄ちゃん風だったんだよね。

おぐら 『親子ゲーム』に主演してた頃?

速水 そうそう。元暴走族の兄ちゃんがラーメン屋をやっていて、親に捨てられた少年を引き取るドラマ。当時の長渕は、コメディ役者兼歌手だった。

おぐら ドラマ『親子ゲーム』(TBS)は1983年放送ですね。僕の世代だと『とんぼ』(TBS、1988年放送)のほうが印象に残ってます。この頃は、体は痩せてますけど、もう完全にこわい人っていうイメージ。

速水 ここが大きな転機なんだよ。長渕が最初にマッチョを演じたのがドラマ『とんぼ』で、いつのまにかケンカが強いっていうキャラに変わってた。

おぐら 孤独なチンピラが、本物の強い男に変わっていくような。

速水 『とんぼ』の直後の『ウォータームーン』は、宇宙人だけど修行僧っていう役で、長渕の変身願望をまわりのスタッフが受け止めきれずに空中分解した映画。

おぐら ファンの間でも語り継がれている怪作ですね。

速水 マキタスポーツによると、映画『竜二』の影響とブルース・スプリングスティーンが長渕に憑依したっていう分析。ムキムキになってから日の丸を背負うのも、スプリングスティーンの星条旗の代わりだったわけだし。

三島由紀夫氏 ©文藝春秋

おぐら 一方の三島由紀夫は、筋肉の体で、日の丸の鉢巻に日本刀という出で立ち。

速水 長渕と三島の変節は年齢的にも共通点が多いよね。あと、どちらも運動音痴っぽい。

おぐら っぽいって……。

速水 いや、実際、三島のことは石原慎太郎が馬鹿にしているの。三島由紀夫が日本刀を持ってきて居合い抜きをしたら、鴨居に刺さっちゃった話とか。彼は運動神経がなさ過ぎるって。

おぐら 身体能力にコンプレックスというか弱さを抱えている人が、年齢を重ねて、何かをきっかけに身体を鍛え始めるんでしょうか。

速水 でも、松ちゃんにやばさを感じたのは、深夜番組で作務衣とか着始めたとき。

おぐら 『一人ごっつ』(フジテレビ)だ。1996年に放送開始です。

速水 作務衣とか求道者イメージとかを茶化しているのかと思ったら、どんどんそっちにいって、髪も短くなって。

おぐら なるほど。その時代に一度、変化してるんですね。

速水 最初は片岡鶴太郎的なものをいじってるのかな?って思ったんだけど、むしろ鶴太郎的なものへの憧れがあったんじゃない?

永遠の童貞派と身体ロンダリング派

おぐら ボクシングとか書画とか、芸人とは違った部分で才能をアピールする方向。ちなみに、長渕剛も詩画をやってますよ。

速水 そして鶴太郎は、いまやヨガを極めて体重43キロでしょ。マッチョの先を行って、完全にスピリチュアルの世界。

おぐら というか、最初から方向性としてはスピだったんじゃないですか。ヨガはもちろん、ボクシングも書画も精神世界と相性いいですし。

速水 女性のスピがオーガニックとか、フラダンスとか、占い師のマネージャーとかに向かいがちなように、男の場合は陶芸とか、そば打ちとか、作務衣・求道系みたいなほうに向かいやすいんだね。

おぐら 松本人志が竹原ピストルを気に入っている理由にも繋がってきます。

速水 そこは見る目がないとは思うけど。

おぐら そう考えると、三島由紀夫や長渕剛もスピリチュアルと遠くはないです。

速水 資質として、スピに向かいやすい感じの人たちではあるよね。

おぐら 強い身体に憧れてマッチョになる男たちがいる一方で、童貞っぽさというか、心は少年のままでいることが芸風やクリエイティブに繋がるという考えもありますよね。

速水 大人になれない感じのね。大槻ケンヂとか伊集院光とかを代表とする人たち。その両者を名付けるなら、永遠の童貞派と身体ロンダリング派っていう感じなのかな。

おぐら そのどちらかに振り切った方が、表現者としては突き抜けられるってことなんでしょうか。

速水 その二者択一かあ。うーん、どっちも嫌だなぁ。