「お迎え」体験の定義とせん妄との区別
すでに記したように、本調査では「お迎え」体験を次のように定義しています。
〈終末期患者が自ら死に臨んで、すでに亡くなっている人物や、通常見ることのできない事物を見る類の経験〉
現代の精神医学の分野では、終末期におけるこうした体験をせん妄による幻覚、幻視として捉え、治療の対象とする考え方が主流です。終末期でない方にも、上記のような体験をする方はいます。原因疾患としてナルコレプシー(悪夢や金縛りなど、眠気を伴う睡眠障害の一種)、統合失調症、複雑部分発作(てんかん)、側頭葉てんかん、薬剤性などが考えられ、終末期の方の「お迎え」体験もこうしたことが原因になっている可能性は否定できません。しかし、そう見なすことで「お迎え」体験がもたらす家族間の豊かな関係性が切り捨てられる可能性もあり、ここではせん妄診断からいったん距離を置く必要があるでしょう。
2011年調査報告書の冒頭で、岡部健もこう記しています。
〈「お迎え」は単なる幻覚幻想ではなく、精神医学などでいう「せん妄」と片付けられないものである。従来の医療的な視点では、それは患者や家族にとって辛いものであり、治療の対象であった。しかし、看取りの現場で観察された事態の推移は、そうではなかった。「お迎え」は辛さや恐れとは異なる感情を、患者と家族に喚起していた。それは文化的なものに由来するが、患者と家族に対する影響は大きい。自宅での死の看取りを支える時、この点が重要な支えとなる〉
こうしたことを踏まえて、2011年と2015年のアンケート調査では、2007年調査と同じように「患者さまに関して、次のような経験がありましたか」としたうえで、次のようなパターンを選択枝として提示しています。
「お迎え」体験の有無についてのアンケート
〈患者さまが、他人にはみえない人の存在や風景について語った。あるいは、見えている、聞こえている、感じているようだった〉
その結果、2011年では「経験した(あった)」が、575件中226件。2007年の42・3%をやや下回るものの、全体の41・8%が「お迎え」体験を認めました(表1)。2015年の報告では「あった」とする回答が32%。2011年のそれを10%近く下回りましたが、診療所別でみると、2011年に42%だった診療所が2015年に31%とダウンした一方で、2011年に33%だった別の診療所の場合は、2015年には逆に41%とアップするなど、各診療所によってばらつきがあり、「あった」とする割合の減少は少なくとも全診療所の傾向ではないことがわかりました。