1ページ目から読む
4/5ページ目

「善意の魔法」はなぜ解かれたか

 だが「逃げ恥」は、甘い善意だけにくるまれているわけではない。みくりが平匡に対して激しい口調で本心をぶつける最終回は、「今までみたいに楽しくない」「幸福感が薄かった」という声も視聴者から上がった。

 石田ゆり子演じる独身キャリアウーマンの百合が、年下の若い女性から年齢を当てこすられ「そんな呪いからは逃げてしまいなさい」という台詞を口にする場面は最終回のひとつのハイライトだったが、その「呪いを解く」行為と呼応するように、これまで物語を支え、高い視聴率を獲得した「善意と恋の魔法」も、みくり本人の口から解体される。悪意の呪いが解かれる時、善意の魔法もまた解かれ、観客は現実と向きあう。

『逃げ恥』はフェミニズムの物語であると同時に、「心優しい孤独な男性の前に、ある日天から降りてきたように美しい女性が現れる」という古いおとぎ話のような構造を持っているのだが、最終回で新垣結衣が演じたみくりの感情の爆発は、美しい女性が「あの時助けた鶴」ではなく、「私の本当の姿は人間です」と明かすような現代のおとぎ話になっていた。

ADVERTISEMENT

新垣結衣 ©共同通信社

 新春、1月2日に放送される『「逃げるは恥だが役に立つ」ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』は、いったんは完結と思われた原作を再起動してのスペシャルとなる。

 最終回が放送された2016年の末から、世界はあまりにも大きく変容した。世界のあらゆる場所で価値観の対立は激化し、一方では保守的で排他的な価値観がヨーロッパですら力を盛り返し、日本では選択的夫婦別姓も実現しない一方で、リベラルで進歩的であるとされた側の先鋭化も進み、逃げ恥と同じ年に公開された『ズートピア』がテレビ放送されると「マジョリティに迎合している」と非難する書き込みがネットに溢れるようになった。