昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

 当時はCD1枚、ビデオ1本、手に入れるのが難しかった時代だった。そのため、オンラインを含めた日本音楽の「同好会」が続々と作られ、ファン同士が情報交換したものだ。

 1998年から2004年まで4回にわたって行われた「日本大衆文化の開放」は、日本音楽マニアたちには朗報のはずだった。日本音楽のファンは、これで日本のコンテンツを自由に享受できるだろうと考えたのだ。しかし、いざ道が開かれても、日本音楽の一部だけが正式に流通するようになり、 韓国社会への波及力は微々たるものだった。

 なにより韓国の一般市民の日本音楽に対する「拒否感」が思った以上に強かった。両国間に横たわる根本的な歴史問題が未解決である中で、日本語のコンテンツが韓国で流通することに不快感を示す人も少なくなかったのだ。

 そのため、地上波放送における“日本音楽の排斥”はそのまま続いた。韓国の地上波のテレビで、日本語で歌うステージが初めて生放送されたのは、2010年になってからだった。法的な制裁はないのに「国民感情を配慮する」という名目で自主規制されていたのだ。

 その後、この10年はK-POPの急激な成長と反比例して、韓国から日本音楽がほとんど消えた状態となっていったのだ。

韓国・ソウルの大型ビジョンに映し出されたNiziU。彼女たちの韓国デビューをめぐって様々な摩擦が起きているという ©AFLO

コロナによる「来韓公演」不在の影響

 もちろん韓国で日本の音楽が消えたのには、日本側の事情もある。

 そもそも内需中心だった日本の音楽シーンは、市場規模の小さい韓国には関心が低かった。さらに韓国の音楽業界がいち早くストリーミングやユーチューブでの配信に重心を移していったのに対して、日本でそれが本格化したのはこの2、3年。全世界のどこでも見られるユーチューブに、日本の大衆音楽の公式コンテンツはほとんど存在しなかった。

 韓国の音楽ファンは、その間に日本の音楽からさらに遠ざかり、日本の音楽を扱うニュースも自然と姿を消した。