本書では、令和元年の短い時期に連続して起きた3つの事件が取り上げられる。スクールバス停留所で人を次々に刺し、自らも命を絶った川崎殺傷事件。引きこもりがちの息子を殺害した元農林水産省事務次官長男殺害事件。そして、京都アニメーション放火殺傷事件。この3つに共通する背景を、著者は日本の「先延ばし」体質にあるとみる。問題の根本に向き合わず、応急措置を繰り返した結果、状況が限界に達し、決壊する。そんな状況へのテロリズムが、連続した事件の本質ではないかと説く。
川崎殺傷事件の背景にあったのは「8050問題」。これは、引きこもりが長期化した結果、当事者が40-50代になり、支える親世代も70-80代の高齢者となって家庭崩壊が起こる現象である。事件の犯人は51歳の男性。同居する伯父夫婦は高齢化のため介護施設に入る準備を始め、部屋の前に今後の意思について問いただす手紙を置いた。すると「“引きこもり”とはなんだ」と言い、それから間もなく犯行へ至った。
元農林水産省事務次官長男殺害事件は、川崎殺傷事件が引き金になった。引きこもりが続いていた44歳の長男は、オンラインゲームに没頭。その合間に家庭内で暴言・暴力を繰り返した。そんな中、川崎殺傷事件の報道があり、父は長男が同様の事件を起こすのではないかとの懸念を抱く。その4日後の朝、隣接する小学校の運動会の音に対して「うるせえな、ぶっ殺すぞ」と発言したことから、父は犯行に及んだ。
長男は、アスペルガー症候群を抱え、なかなか社会に適応できなかった。学校ではいじめを受け、就職も思うようにいかなかった。著者は言う。「彼はむしろ自立しないことで親=社会に復讐をしようと考えていた」。そして、その生き方が「自分を受け入れない社会を壊そうとする、ある種のテロリズムだと解釈出来るのではないか」。
京都アニメーション放火殺傷事件の背景には、家庭崩壊から生じる負の連鎖がある。容疑者の祖父、父、妹は自殺し、本人は仕事を転々とする。その過程で懲役を経験。出所するも社会復帰の準備が十分に整わず、放火事件に至った。
京都アニメーションが得意としたのは、何気ない日常を繊細に美しく描くことだった。しかし、容疑者は「その魔法を生み出す場所を破壊するためにガソリンに火をつけた」。彼を受け入れる日常は、そう簡単には見つからなかった。
「令和元年のテロリズムは、テロリストという中心がぼやけている」と著者は言う。確かに、明確な敵が見えない。敵意の矛先が抽象化する。そして、テロル(恐怖)に煽動された社会は、より硬直化し、他罰性や自己責任論を加速させる。この負のループからどうすれば抜け出すことができるのか。
事件の詳細を見つめることから、あるべき未来を思考したい。
いそべりょう/1978年、千葉県生まれ。ライター。主に文化と社会との関わりについて執筆。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』『音楽が終わって、人生が始まる』『ルポ 川崎』。
なかじまたけし/1975年、大阪府生まれ。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。著書に『秋葉原事件』『血盟団事件』など。