インタビュー後半は、プロになってからの話。八代七段が朝日杯将棋オープン戦で優勝したときの周りの反応、仲良しの高見泰地七段が叡王を獲得したときの悔しさについても聞き、同世代のお互いの激しいライバル心について語ってもらった。世代が違う藤井聡太二冠への思いについても聞いてみた。(全2回の2回目/前編を読む)

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八代弥(やしろ・わたる)七段 静岡県東伊豆町出身。1994年3月生まれ。青野照市九段門下。2005年9月奨励会入会、2012年18歳で四段。2017年1次予選から勝ち上がった朝日杯将棋オープン戦で優勝。これにより六段昇段。2019年竜王戦3組ランキング戦で準優勝し2期連続昇級により七段。

「おめでとう」を言いに連盟に駆け付けて

――八代先生の昇段から1年半後に、三枚堂七段が四段昇段しています。そのときは喜んだのでしょうか。

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八代 当日は高見君と2人で三段リーグ最終日の結果を気にしていました。一緒に新宿将棋センターで練習対局をしながら三枚堂昇段の朗報を待ちました。将棋連盟の空き部屋で指すことも考えましたが、ソワソワしちゃいそうなので。

 昇段争いをしていた1学年上の石井健太郎六段とも仲が良く、奨励会初段に上がった頃からよく練習対局をしていました。石井、三枚堂、同時に四段昇段が決まり、高見君と僕は総武線に乗って連盟に駆け付け「おめでとう」を言いました。その夜に奨励会幹事と昇段者、関係者でお祝いが行われるので、それにも参加して、高見とともに数軒お店をはしごするのについていきました。4人でいろいろ語り合ったような記憶があります。未成年だったので、居酒屋ではなく中華料理店とかですが。

 

――棋士は同じタイミングで四段になる「同期」は通常2人だけです。八代先生の場合は同学年の斎藤八段ですが、斎藤八段のことは意識していますか。

八代 斎藤さんは、奨励会入会が1年早いし、関西奨励会で斎藤さんが強いという評判は、関東にも轟いていました。だから18歳の同じ期に四段に上がったのは、斎藤さんにとっては遅くて、自分は早かったくらいの周囲の評価だったのです。一緒に上がったときは、追いついたと思ったし、負けたくない意識はありました。その後、彼はタイトルも獲ったし、かなりの速さでA級にも上がり、最近は名人挑戦までされて、ずいぶん先を行かれてしまいました。悔しい気持ちもあるけれど、やっぱり、奨励会時代に評価が高かっただけのことはあって、上に行くのだなという気持ちもあります。同学年でも関東で一緒にやってきた高見君や三枚堂君とは、ライバル心は違います。

目標は順位戦のA級

――順位戦のA級というのは、やはり気になるものなのでしょうか。八代先生も以前のインタビューで目標をA級と答えられていました。

八代 僕はC2で鳴かず飛ばずの状況で、高見君、三枚堂君にも置いていかれています。棋士としてA級を目指す気持ちは持たないといけないですし、何より周りに「順位戦昇級してください」とよく言われます。