文春オンライン
「ほんとうに子供を殺そうと思いましたからね」 稲川淳二が語った“難病を抱えた次男”と“妻との別居”

「ほんとうに子供を殺そうと思いましたからね」 稲川淳二が語った“難病を抱えた次男”と“妻との別居”

『藝人春秋』より#2

2021/08/22

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 芸能, テレビ・ラジオ, 読書, 働き方

いじめられ芸への信念

 ボクが一番好きな逸話は、昭和54年、千葉県君津市の神野寺で、併設された動物園から2頭の虎が脱走し大騒動となったときの話。

 檻から逃げた虎を追って、地元の猟友会がライフルを持って出動しているなか、稲川さんが虎のぬいぐるみを着せられ、そのまま森に放たれ、本気で射たれそうになったというエピソードだ。

 どんな非常事態、絶体絶命の窮地にも、

ADVERTISEMENT

「いやいやいやいやいや、どーも、どーも」と相手に擦り寄り「悲惨だなぁ悲惨だなぁ」の泣き顔で訴え同情を誘い、そして「喜んでいただけましたでしょうか?」と最後に笑顔で締めるのが稲川淳二必殺パターン、黄金芸のおきまりであった。

 しかし、その芸風は、いっとき、いじめを助長するとも叩かれた。

 それに対して雑誌の記事でこんな反論をしていた。

「ワタシはいじめって言葉が大嫌いなの。たしかにトラやライオンと戦ったりしたけど、あれはチャレンジだったからね。言っとくけど。中学生から手紙がきたことがありますよ。オレはこんなにいじめられてる人間だ。いじめられてる人間がいるのに、それをネタにして食ってるのが気に入らないって。ワタシ、怒って手紙書いたね。このバカヤローって。オレはチャレンジャーだぞ、ちゃんとクリアしてるじゃないか。トラとも戦ったし、空も飛んだよ。お前はクリアしているのか。お前みたいにやられっぱなしの人間が、いっぱしの口をきくなってね。オレはいじめられてるんだっていう根性じゃだめなんですよ。どんなことでもマイナスがあればプラスがある。損した分だけ得しなくちゃだめですよ。いじめられた分、目立ってやろうとか、どこかで得しなくっちゃ」

 日頃、他人に対して徹底的な低姿勢で接し“ヨイショのグレコローマン・スタイル”と言われるほど相手のバックに素早く廻り肩揉みを決める、決して偉ぶったところがない稲川さんだが、自分の芸に対し、人知れず信念を持っているのだ。

〈いじめられ芸人の本音と矜持を語ってもらうのも良いだろう〉

 資料を読み進めながら、また一つ打つ手の駒を得た。

関連記事