昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/10/18

 検察側から、鑑定書の「不都合な部分」の記述を消すように言われた経緯からも、検察側がこの妻を殺人罪で有罪にしたかった意図が見え隠れする。

 結局一審では、検察の主張通り、刃物を「上から振り下ろした」と旭川地裁が殺意を認定し、妻に殺人罪が適用された。検察は懲役13年を求刑したが、地裁は懲役9年を言い渡している。

公権力からの『いじめ』に近いもの

 この判決を受け、被疑者側は控訴。控訴審では弁護士も代わり、たまりかねた清水も法廷で証言することになった。当時の北海道新聞では、こう報じられている。

「男性の司法解剖を担当した旭川医大の清水恵子教授の証人尋問が行われ、清水教授は鑑定書に記載した死因について、一審旭川地裁の初公判前に旭川地検から削除を求められたことを明らかにした。

 清水教授は22日の公判で、男性の死因は一審判決が認定した出血性ショックなどでなく、『搬送先の病院が適切な処置をしなかったことによる緊張性血気胸だった』と述べた。弁護側はこの証言を基に、男性にけがをさせたことと死亡の因果関係は証明されていないとし、殺人罪でなく傷害罪に止まり、執行猶予が相当と主張した」

 記事は続く。

「証人尋問で弁護側証人として出廷した清水教授は、『男性は(病院で)輸血を受けており、(その後)出血性ショックになるはずがなかった』と指摘した。(中略)清水教授は、搬送先の病院で適切な処置が行われなかったことが直接の死因とする司法解剖の鑑定書を旭川地検に提出したが、地検は死因について記載の一部削除を求め、拒否したと述べた」

 ここまで清水が強く自らの主張を貫いた背景には、彼女の人生観があったと考えていい。検察による恣意的な見立てを前に、被告となっていた妻に対する「捜査機関や司法、マスコミという公権力から『いじめ』」に近いものを感じていたのだろう。

 司法解剖の鑑定は一審でも証拠として調べられるべきだったが、それが行われなかった。遺体から得られる事件の重要な手掛かりが聞き入れられず、遺体の「尊厳」が踏みにじられた格好になった。清水は、黙っているわけにいかなかった。

ネット上で巻き起こる批判

 清水が「搬送先の病院が適切な治療をしていれば、助かった可能性があった」と証言した二審では、札幌高裁が、懲役9年とした一審・旭川地裁の判決を棄却。妻の殺意を認めずに、傷害致死罪を適応して2011年に懲役4年6カ月を言い渡した。ただ高裁は、治療にあたった「医師らの判断、措置が根本的に誤っているとは言えない」との発言も残している。 

 公判での清水の証言が報じられると、ネット上で批判が巻き起こった。

 清水の裁判での言動について、「自分の専門の範囲を超えた無責任な発言であることは自明」といった意見が今もネット上に残されている。

 清水に水を向けると、断言した。

「まったく気にしていません。私はインターネット世代ではないので、ネットは自分が見なければ、無いのと同じという感覚です。法医学は、とにかく、公平公正であるように努めなければいけません。被疑者でも被害者でも、それは関係ありません」