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「90年代」と書いて「ドリカム」と読む

 「歌怪獣」性に加えて、《晴れたらいいね》のような技巧的な転調や変拍子、コードとメロディの関係が複雑な《決戦は金曜日》(92年)、さらには歌詞に「カラックス」「ジェリー・アンダースン」などの固有名詞が出てくる《go for it!》(93年)など、ドリカムの曲には、ヌポッと深みにハマるトラップが、いくつも埋め込まれている。

 「ルックスや曲名、ユニット名がもたらす間口の広さ」と「歌怪獣性、音楽的技巧性、持って回った歌詞がもたらすトラップの深さ」。この「間口の広さ×トラップの深さ」を乗じた面積が異常に肥大化していた「外来種」。それが当時のドリカムではなかったか。

 もう少し分かりやすく言えば、「好きなミュージシャン」として挙げても、デートのときにクルマの中でかけても、カラオケで歌っても、ビギナーにもマニアにも喜ばれる「決して外すことのないブランド」としてのドリカム─。

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 と、少々客観的な物言いをしているが、実は私もドリカムを愛聴していた。正直《うれしはずかし朝帰り》や《晴れたらいいね》は、割と聴き流していたのだが、94年の《すき》、95年の《サンキュ.》(語尾のピリオドに注目)は、本当によく聴いたし、カラオケでも歌った。

 決定打は、少々最近になるが、07年の《大阪LOVER》だ。あの曲は大阪人の心をわしづかみにする。私のような、関東生活年数が大阪生活を上回った「えせ大阪人」であっても「♪大阪のおばちゃんと呼ばれたいんよ」のところで、毎回涙腺が決壊しそうになる(いや決壊する)。逆に「えせ」だからこそグッと来るのかもしれないが。

 涙腺にグッと来るのは、吉田美和の「泣き節」にも秘密があろう。昔、大滝詠一がラジオで「コニー・フランシスのようなイタリア系の泣き節は日本人好み」という意味合いのことを言っていたが、《すき》《サンキュ.》《大阪LOVER》のボーカルは、明らかにその「イタリア系泣き節」だと思う。