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「勝てるようにやっているとは思えない」専門家も戸惑うウクライナ侵攻…プーチンは“狂気の独裁者”になったのか

防衛研究所・山添博史氏インタビュー #1

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 一つは、本当に精神状態に異変が起きていて、狂気の独裁者になっている可能性です。忠実な部下を含め全員をつるし上げて、誰も逆らえないようにして「俺だけの世界」を実現するヒトラーのようなイメージです。このパターンだった場合、もう戦争の勝ち負けは関係ない。ロシアの安全も国民生活も関係ない。全てを懸けて、ウクライナを叩き潰す。必要だったら核のボタンも押す。……そういう狂気の独裁者になっているのであれば、非常に怖いです。

 二つ目の可能性は、そうした狂気を計算高く「演出している」というものです。恐怖心を煽ることで、「プーチンの要求をある程度飲まないと、第三次世界大戦が勃発する」と周囲に思わせる。計算された狂気、計算された非合理さです。Madman Theory(狂人理論)というのがありますが、その可能性もあるでしょう。

プーチンが犯した“判断ミス”

 そして三つ目の可能性は、実は、今朝思いついたばかりの仮説です。そもそも「非合理な目的」と「合理的な目的」の両方がプーチンの中にあって、それは一緒に達成できると考えていた。でも、どこかの時点で、彼の中では非合理な目的の方が、合理的な目的を凌駕してしまったという可能性です。

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 非合理な、感情的な目的というのは、「ウクライナを服属させてロシア帝国を作る」という願望です。一方、合理的な目的というのは、「ロシアの安全保障を担保する」という目標です。たとえば、NATO拡大を阻止するといった目標は、途中までは両方の目的に沿っていました。

ウクライナのゼレンスキー大統領 ©AFLO

 NATOにウクライナを入れるな、東欧に兵力を持ち込むな、ミサイル配備をやめろ、といったロシア側の要求に対して、アメリカは「ミサイル配備に関しては、一部交渉可能である」などと答えていました。ところが、そのまま交渉を続ければ安全保障上の利益が得られたはずなのに、プーチンは突然それを蹴って、なかったことにして、「ドンバスでファシストが」「ジェノサイドが」と言い始めました。そしてユダヤ人のゼレンスキー大統領を「ネオナチだ」と。こうなってくると、もう、本当によくわからない世界です。

 ロシアの安全保障の世界と、それに関するプーチンの言い分はまだ分かるんです。でも、それを蹴って、なんとしてもウクライナを服属させてロシア帝国を作る、という方を優先してしまった。本当は、プーチンはどちらもやりたかったはずなのに、混乱してしまって、判断ミスも作戦ミスもしてしまった。その結果、引き下がれない感情の世界だけが残っている、という風にも考えられるなと。これは、合理性もあるけれど、非合理な願望の方が強くなってしまった、という解釈です。