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《抗争8年目》「何もかもカネだ」山口組分裂騒動・神戸山口組の弱体化に拍車をかける「“組長の引退”問題」

山口組分裂7年 #2

2022/09/04

genre : ニュース, 社会

 国内最大の暴力団組織「6代目山口組」が2015年8月に分裂し、今年で8年目に入っても「神戸山口組」との対立抗争状態は継続している。分裂直後、神戸山口組が旗揚げされると、当初は傘下組織に勢いがあった。大きな理由として、神戸山口組を結成した中核組織が山健組や宅見組など、5代目山口組時代からの主要組織が中心になっていたことがあげられる。

 特に山健組は、5代目組長の渡辺芳則の出身母体で、「山健組にあらずんば、山口組にあらず」とまで称されていた時代もあったほど支配力は圧倒的だった。一部の小さな勢力が脱退したのではなく、最大派閥の山健組が離脱したことは暴力団業界ではビッグニュースとして伝わり、衝撃は大きかった。しかし、分裂から7年が経過し、神戸山口組の組織は縮小傾向となっている。(全3回の2回目/#1#3を読む)

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名古屋方式を否定して立ち上がった神戸山口組

 警察庁によると、分裂前の2014年末時点での6代目山口組の構成員は約1万300人が確認されていた。分裂後の2015年末になると、6代目山口組は約6000人で、神戸山口組は約2800人だった。神戸山口組は半数弱だったが、6代目山口組から処分されて事実上、組織を離れていた幹部を復帰させるなどして体制を強化したうえ、熊本組、古川組などの6代目山口組の2次団体が移籍したことで組織を拡大していった。

指定暴力団神戸山口組の井上邦雄組長(左から2人目) ©️時事通信社

 だが、神戸山口組内で再び分裂劇が起きる。2017年4月、神戸山口組若頭代行であるとともに中核組織の山健組副組長だった織田絆誠を代表として、一部グループが「任侠団体山口組」を結成した。同組幹部は異例の記者会見を開き、「名古屋方式を否定して立ち上がった神戸山口組であります。名古屋方式の悪政は数々あれど、大きく分けると第一に金銭の吸い上げ、第二に当代の出身母体のひいき…」などと非難した。

「神戸山口組の現実は、その名古屋方式にも劣る、それ以下の悪政でした」

「名古屋方式」とは、6代目山口組組長の司忍の出身母体の弘道会の拠点が名古屋市にあるためこうした表現となった。この幹部は続けて、「神戸山口組の現実は、その名古屋方式にも劣る、それ以下の悪政でした」と口調を強めた。神戸山口組内でも様々な名目で、傘下組織が上層部からカネを要求されていたことを暴露したのだった。

 当時の推移をウオッチしていた警察当局の幹部は、「結局は何もかもカネの問題」と強調し、次のように述べていた。「神戸(山口組)が6代目(山口組)から抜けたのはカネの問題だったため、カネがかからない組織運営をしていくはずだった。任侠(団体山口組)が出て行ったのは、やはりカネの問題が出てきたため、再度の分裂となった。何もかもカネだ」

 任侠団体山口組の離脱は、神戸山口組の組織が縮小していくきっかけとなった。任侠団体山口組はその後、任侠山口組と名称を変更、さらに現在は絆会として活動している。

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