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「下級生に洗濯を押しつけるのなら、オレが全部洗ってやる」

 小倉と同様の考えを持っていたのが、今や高校野球界の「常勝」集団とも言えるほどの成績を収めている大阪桐蔭の、西谷浩一監督である。西谷が大阪桐蔭にコーチとして赴任した93年、下級生が上級生の洗濯をするということが当たり前に行われていた。

 当時の大阪は中村順司率いるPL学園が絶大な力があった。そのPL学園でも寮生活で下級生が上級生の洗濯を含めた雑用をこなすのが当たり前とされていた。

 だが、下級生が上級生の洗濯をしている姿を見た当時の西谷は、そのことが野球部の成長に大きな弊害となっていると感じた。「下級生が洗濯に充てる時間を練習する時間に変えてしまえば、下級生のレベルが格段に上がる」と考え、上級生たちにこう言った。

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「上級生は下級生に洗濯を押しつけるのなら、オレのところに持ってこい。オレが全部洗ってやるからな」

 その後、上級生は誰も西谷のところには洗濯物を持ってこず、下級生たちに押しつけることなく、自分たちで洗うようになった。

大阪桐蔭の西谷監督 ©️文藝春秋

 西谷は高校時代、野球部内で起きた暴力事件がきっかけで甲子園の出場を諦めたという辛い経験をしている。自分と同じ苦労は後輩たちにさせたくないと思ったのと同時に、「上級生と下級生を同じ条件下で鍛えることができれば、間違いなく強くなる」という確信があったのだ。

 事実、大阪桐蔭は2002年秋に西谷が監督になってからは春4回、夏4回甲子園で優勝し、12年、18年と2度の春夏連覇を達成するという偉業も成し遂げた。悪しき伝統を排除し、上級生と下級生が対等の条件下で実力を競い合うことで、チーム力を高めることができたのである。

男子生徒の遺体に残された殴打の傷跡

 話を日大三の小倉に戻す。小倉には忘れられない「事件」があるという。それは、今から10年前の2012年に起きた、大阪市立桜宮高校(現・大阪府立桜宮高校)のバスケットボール部で起きた体罰事件であった。

 当時の顧問から受けた体罰にキャプテンだった高校2年生の男子生徒が耐えられなくなり、12月下旬の朝、自宅でネクタイを首にかけて自殺したのである。

 この顧問は同校のバスケ部を2度のウインターカップに導いた他、同年8月に開催された「第20回日韓中ジュニア交流競技会」で、U-18日本代表のアシスタントコーチに就任するなど、指導力に定評があるとされていた人物だった。

 男子生徒が自殺した後、両親は通夜に出席した顧問に対して、殴打された傷跡が残る息子の遺体を見せ、「これは指導ですか? 体罰ですか?」と詰め寄る一幕があったという。