「しごきに耐える=プロに行って成功する」という間違った価値観
甲子園で何度も優勝し、多数のプロ野球選手を輩出している、ある野球名門校で育ったOBたちが、異口同音に「あのしごきに耐えてレギュラーになれたからこそ今があるんだ」「厳しさを乗り越えたからこそ、プロ野球の世界で大成することができた」と誇らしげに答えている姿をテレビで見た日大三の小倉全由監督(65)は、違和感を覚えずにはいられなかった。
「『しごきに耐える=プロに行って成功する』という間違った価値観が、美談としてOBたちに脈々と受け継がれていく。これではいつまで経っても“しごき”はなくなりません。
指導者の立場で言わせてもらえば、たった1年、早く生まれただけなのに、理不尽な序列を作ってしまうことが、どれだけの才能あふれる選手を潰してきたことか。しごきに耐えてプロの世界で成功した選手は、こうした考えに思いいたらない。残念でなりません」
「ワンチーム」になれない上級生と下級生の「負の連鎖」
今から15年以上前、日大三がある野球名門校と自校のグラウンドで練習試合を行ったときのこと。試合後に食堂に集合したその学校の上級生と下級生の姿を見て、小倉は「あれ?」と違和感を覚えた。
上級生が下を向いて一生懸命、携帯電話をいじったり談笑しているのに対して、下級生である1年生は背筋をピンと伸ばし、目の前を直視したままでいる。1年生には現在もプロ野球で活躍している選手が含まれていた。
1年後――。再びその学校と練習試合を行った後、同じように食堂に集合したのだが、1年前に見た上級生の振る舞いを、その選手が上級生になった途端にしていた。しかも下級生は1年前に見た下級生とまったく同じ振る舞いをしている。この光景を見た小倉は、自分のチームの選手たちにこう伝えた。
「上級生や下級生の振る舞う姿をよく見ておくんだ。あの学校の野球部には、まだいじめやしごきが残っているぞ」
数年後、その学校では「上級生による暴力行為」が発覚。日本高野連から数ヵ月間の対外試合禁止処分を言い渡された。
「こういう学校は、夏の予選を勝ち上がることができないものです。上級生と下級生が一体となっていない、最近の言葉で言うと『ワンチーム』ではないからです。本来であれば、3年生最後の舞台を、1年生、2年生が盛り上げていかなければならないはずですが、2年生の心の内は、『この大会が終われば、やっとオレたちの天下になる。そうしたら下級生をとことんしごこうぜ』とよからぬことを考えがちになります。こうした負の連鎖は、現場の指導者が止めていくしか解決する方法はない」