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「3強と言われた女流棋士のなかでも、清水さんの将棋にはそれまでの女流棋士とは違った異質な強さを感じました。ひと言でいえば、受けの力ですね。将棋は自分が苦しくなったとき、逆転を呼び込むために相手に決め手を与えず辛抱しなければならないのですが、清水さんの将棋には我慢する受けの力があった。里見はデビュー当初、清水さんにまったく歯が立ちませんでしたが、攻めを完封されて負けるパターンでした」(森九段)

 1993年、中井広恵女流名人(当時)が竜王戦予選において池田修一六段に勝利。女流棋士はそれまで、男性棋士相手に38戦全敗だったが、その連敗をついに止めた歴史的勝利だった。

中井広恵女流六段

 当時、月刊誌『現代』のインタビューに中井がこう答えている。

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――ただ、中井さんらトップクラスは別として、一部の女流棋士に対しては、弱いのに勉強もしない、将棋への情熱が足りない、という批判も耳にします。

 

中井 女流には将棋を勉強するにもかなりのハンデがあることをわかってほしいんですよ。強い人に教えてもらいたくても、男性に「将棋を指そうよ」とは言いにくいし、男性のほうも敬遠する。殻に閉じ込もっていてはいけないんですが、それを非難するのも酷な気がします。そういうプロもあるんだ、ということをわかってほしい。

 

――ところで男が指す将棋と女が指す将棋は違ってくるものですか。

 

中井 盤上では、男は女らしくて、女は男らしいんです。男性プロの将棋はまず相手の手を消していくことを考える受け身の発想です。恐い手順には踏み込まない。逆に女流は、自分の狙いを押し通そうとするところから出発する。派手なケンカ将棋が多いんです。(『現代』1994年2月号)

 ネットもAIも存在しなかった当時、強くなるための環境面で、女流棋士のハンデが想像以上に大きかったことがうかがい知れる。

林葉直子さん

「女は男に勝てない」と公言する人も

 近年の女流棋戦は、「優勝1500万円」のヒューリック杯白玲戦を筆頭に賞金が高額化しているが、当時の女流棋戦はタイトルを獲得しても賞金は「数十万円程度」であったと林葉さんが証言している。将棋で勝つよりも別の仕事をしたほうが稼げるという現実があったとすれば、それは女流棋士の実力向上にマイナスの作用をもたらしていたかもしれない。

 将棋界では古くから「女性が男性に勝つことはできない」というまことしやかな言説を支持する人がいた。「囲碁と比べ、戦闘的な将棋は女性向きではない」と力説する男性棋士も多く、それに納得を感じる人も一定数いた。

「升田幸三先生は、あからさまに『女は男に勝てない』と公言していましたし、大山康晴十五世名人は多少婉曲ながら『ご婦人はどうも取った駒をため込んで使わない傾向がある……』などと話していたことがありました。当時の棋士たちは、おおむねそうした考えが多かったようです。私自身は、将棋を指す能力に男女差があるという考えには根拠がないと思いますし、現在の男女間の実力差は、歴史的経緯を考えればある意味当然で、条件が揃えば必ず女性棋士は誕生すると見ています。里見の挑戦に時代性があるのは、まさにいま、その条件が揃いつつあるからでしょう」(森九段)