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「林葉フィーバー」が最盛期を迎えていた1983年。日本経済新聞が「点検女性パワー」と題する連載で、囲碁・将棋における男女差を考察した記事を「婦人面」に掲載したことがあった。

 記事は、加藤治郎名誉九段(故人)の「女性は記憶力はいいが創造力に乏しい」といった談話を紹介しながら、将棋人口の圧倒的な男女差、囲碁とのゲーム性の比較、家庭や社会における女性と男性の力関係に至るまで、広範囲にわたり検証している。

ながく将棋連盟の会長を務めていた米長邦雄永世棋聖 ©弦巻勝

 この記事は少なからぬ反響を呼んだと見られ、日経に「反論」した女性もいた。当時、囲碁界で女性最高位にあった杉内寿子八段(95、当時は七段)である。日経はその反論を紹介する形で、半月後に「再検証」の記事を掲載した。

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 杉内七段の反論の趣旨は「囲碁の世界では数は少ないけれども、男性と互角に勝負している女性棋士もいるので、能力的な男女間格差が大きいという理解は間違っている」というものだった。記事はその主張を取り入れ、最後は「女の特質とされたものは歴史や社会に作られたもの」という仏哲学者・ボーヴォワール女史の言葉を引用、「能力の“性差”も(社会に)作られたものなのだろうか」と締めている。

 4人の女流棋士(里見香奈五冠、川又咲紀初段、島井咲緒里二段、堀彩乃1級)を弟子に持ち、その成長過程を知る森九段が語る。

森雞二九段が八段だった頃

「どれだけ努力できるかという点は置くとしても、女性の記憶力、構想力が男性に劣っていると感じたことはありません。里見の記憶力は凄いですよ。私が悪い手を指摘すると、同じミスはほとんどしないですから。里見の世代以降、女流の棋力がさらに一段向上したのは、インターネットやAIの登場により情報格差が解消されたことが大きいと思います。近年はアマチュアの最上位とプロの格差がほとんどなくなっていますが、それもネットの恩恵ではないでしょうか」

「真の男女平等には、女性にも人生を賭けて戦う覚悟が必要です」

 今年9月、アマチュア強豪の小山怜央さん(29)が、里見五冠に続き棋士編入試験の資格を獲得した。もし試験に臨み合格すれば、奨励会に在籍経験のないアマチュアとしては戦後初(戦前には花村元司九段の例がある)のプロ入りとなる。

 プロの対局がリアルタイムで中継される時代の到来が、女性棋士誕生の大きな後押しになっていることは間違いない。

里見香奈女流五冠 ©時事通信社 

「ただし、それだけではない」と森九段。

「ネットやAIを使えるようになれば、誰でも里見のようになれるわけではない。将棋界に真の男女平等を定着させるためには、女性にも人生を賭けて戦う覚悟が必要です。私は、今回の編入試験で里見の覚悟を見たような気がしています。ファンの皆さんも、盤上の奥に見える彼女の生きざまを追っているのでしょう。将棋を通じ、時代を開くという大仕事に挑戦できる喜びを感じながら、盤に向かって欲しいと思っています」