ナターリヤ・ゴンチャローワ(1881-1962)は、帝政ロシア末期の前衛絵画界を牽引し、抽象画家マレーヴィチにも影響を与えた画家。
舞踊家セルゲイ・ディアギレフの舞台デザイナーとしても活躍し、拠点をフランスに移します。花模様をあしらったカラフルで可愛らしい衣装など、魅力的なロシアのモチーフを取り入れた表現でヨーロッパの観客を魅了しました。
1916年にディアギレフのスペイン公演に招かれたゴンチャローワは、スペイン女性をテーマにした連作を手掛け始め、本作はその一枚。スペインに題材をとった舞台のためのデザインとの関連も指摘されています。
彼女の独自性は、ロシアの伝統的な宗教画であるイコン画やルボークという民衆版画のエッセンスを主軸に据え、そこにヨーロッパで最新だったキュビズムなどの表現を取り入れたところにあります。
本作にもイコン画を彷彿とさせる要素があり、女性を正面観で中央に配置し、金地を思わせる鮮やかな黄色、対比的な配色などがそう。どことなく崇高な印象があります。
いくつもの面に分割した継ぎ接ぎのような表現は、モノの形を分解して切子のように描くキュビズムの技法です。また、単純化・デフォルメした形状で描くのも、当時のヨーロッパのモダンな画風を反映しているように見えますが、その後押しもありつつ、ロシアの素朴な民衆版画の魅力を再認識し、その簡素な表現を取り入れたといえます。
このような画風の画家にとって、スペインの伝統衣装が持つ装飾性と鮮やかな色彩は、ぴったりな題材だったのかもしれません。
平面的でありながら、不思議と立体感や重量感を感じさせるのもゴンチャローワの特徴。たとえば、背景のフラットな単色部分と印象派のように小さな粗い筆跡の部分は、平面的に対比効果を楽しむこともできますが、奥行を錯覚させる効果もあります。
どっしりとした印象を生むのは、上半身中心の安定した三角形構図であることが大きいでしょう。しかも、画面向かって左側は縦、右側には斜めの流れを意識することで、左右対称特有の単調さをうまく避けています。
この構図はダイナミックな流れも作り出していて、顔から手に持ったオレンジの籠、そして上着の裾へと目を移していくと、レースが躍るように視線を上方へと促します。それを画面中央下部のプリーツの作る斜線が、上へと掲げた左手まで、左下隅から右上へと対角線上に運ぶ仕組み。
パッチワークのようにさまざまなテクスチャを盛り込んだ豊かな装飾性とリズム感は、衣装デザイナーでもあったゴンチャローワの腕の見せ所。ボカした陰影表現、平たく塗った部分、ふさふさした筆致を残した部分、袖のウロコ模様、線描による花模様、輪郭線の有る部分と無い部分。各々を引き立てつつ、統一感を持たせています。
INFORMATION
「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」
京都国立近代美術館にて2023年1月22日まで
https://ludwig.exhn.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。