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「子どもが泣き叫ぶのは愛情不足の証拠」…育児の問題をすべて母親に押しつける「呪いの発信者」とは

新生児科医・小児科医ふらいと先生インタビュー #1

2022/11/23
note

――「医師がそう言っていた」という点から言説を信頼し、語り継ぐ布教者たちもいそうです。

今西 それも確かにあるでしょう。発達心理学が専門で母性学研究の権威でもある大日向雅美先生の著書によると、1990年代は母性神話を守る「正義の騎士」的な存在が、当時の小児科医であったと説明されています。

 大日向先生が「母性神話の罠」という母性神話を否定するテーマの講演をすると、激しく異議を唱えてきたのも小児科医だったと。そのころはまだ医学界も、エビデンスが確立されていない部分がありましたので。

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 発達障害のひとつである自閉症も同様です。1990年代に自閉症は母親の愛情不足が原因だという説があり、自閉症の子どもを持つ母親たちが「冷蔵庫の心を持った母親」と呼ばれていました。それも、医学界は一部信じていた。しかし今はもう、科学的根拠によって完全に否定されています。ところが否定された事実はあまり浸透せず、いまだにやっぱり愛情不足じゃないかと、責められる母親たちがいるんです。

「子どもは親を選んで生まれてくる」の嘘

――「子どもは親を選んで生まれてくる」という迷信・思想はどうでしょう?

今西 胎教という文化から発生した、「胎内記憶」と言われている言説ですね。現在日本で胎内記憶の発信の中心になっているのはとある産婦人科医ですが、その内容は完全にスピリチュアルでしょう。

 胎内記憶を医学的に見ると、エビデンスの元とされているのが2~3歳の子どもの言葉でしかありませんので、それを科学的根拠があるかのように話すのは明らかに問題があります。わからないことをわかったように、さらに当事者に言うことは、相手を傷つける可能性もあり非常に危険です。

 よく、障害を持って生まれた子どもの母親に「あなたを選んで産まれてきてくれたんだから」と声をかけてしまう人がいる。すると、必要以上に自分が頑張らなくてはならないという呪いに縛られてしまう。

 実際、言葉の呪縛に囚われているお母さんはとても多いです。産んだ責任から一人で悩みを抱え込み、「産褥精神病(出産後に幻想や妄想に囚われる病気)」という非常に危険な状態になるケースも。

 子どもが自分を選んでくれたという考え方で、救われる人もいるでしょう。そうした考えで育児を頑張ることができたり、絆を感じたり。しかしそれは個人で思えばいい話であり、他人が言うことではありません。