2018年11月、「KAWASAKI祭り」と銘打ったイベントを開催していた兵庫県西宮市の「ライダーズカフェ インザシー」。
大盛況となって忙しく立ち回る店主に、ひとりの女性客が手伝いを申し出る。彼女が「一瞬で全体を把握して、あっという間に注文をさばいていく」様子を見た店主が「お店されてるんですか?」と尋ねると、「ただのOLよ」と笑って去っていった。後に店主は、その女性客がカワサキモータースジャパンの代表取締役社長になった桐野英子氏だったことを知る……。
2022年10月にTwitterで「#接客業であったすごい客」のハッシュタグであげられ、バズりにバズったエピソード。その“すごい客”こと桐野英子氏に、社長になるまでの歩みやカワサキが“漢のカワサキ”と呼ばれる所以などについて、話を聞いた。
「女の子は商品だから」と言われていた10代
――東京外国語大学外国語学部でペルシャ語を専攻されていますが、レアといえばレアな専攻だなと。
桐野 これには重大な理由がありまして(笑)。私は出身が北海道の札幌なんですけど、母親が東京に出るのは絶対にダメだと。近くに北海道大学があるから、そこへ行きなさいと。私が車やオートバイが好きなものだから、「どれでも好きな車を買ってあげるから、とにかく北海道大学に行きなさい」と言うんです。
そこで「北海道では学べないもの、どうしても東京じゃないと学べないものを探そう」って考えたんです。それを母親に突きつければ「じゃあ、しかたがないわ」といった流れになるなって。そこから東京にしかない専攻を探したんです。
いまはどうかわかりませんが、当時の北海道大学にはアラビア語の専攻はあったんです。でも、ペルシャ語はなかった。ほかにも東京外国語大学でしか学べないものにウルドゥー語やモンゴル語などがあったんですけど、そのなかでもペルシャ語が神秘的に思えたんですね。文明発祥の地の言葉というのもありますし。
――東京に出たかったモチベーションの最たるものは、なんだったのでしょう。
桐野 母親がすごく厳しくて、ぜんぜん自由に遊ばせてくれたことがなかったんですよ。だから昔から、母親の言うことをちゃんと聞く子ではありました。「女の子は商品だから」と言われながら育てられてきたので、いまの私の生き方はその反動なんじゃないかって。