誘拐発生後の対応マニュアルも登場
中国で児童誘拐が多発するのはいくつかの理由がある。例えば検挙された誘拐犯の刑罰は5年以上10年以下の懲役と罰金であり、死刑や財産没収のリスクはない。いっぽう、前述のように子どもは高値で売れるうえ需要も根強いため、数をこなせば相当な売り上げが見込めるのだが、貴金属や高級車ほどには「盗難」を防ぐセキュリティは厳重ではない。マフィア側の論理に照らせば、比較的ローコストでハイリターンを見込めるビジネスというわけだ。
また、近年の中国は監視社会化が進んだとはいえ、その主要な目的は逃亡中の凶悪犯の摘発や、共産党体制を脅かす少数民族の民族運動や反体制主義者への弾圧と見られる。子どもの行方不明事件に対して警察がどこまで本気で対処してくれるかは怪しく、また地方都市であれば誘拐マフィアと警察の末端が結託している可能性すらある。これらもマフィア側からすれば「ローコスト」の犯罪を補完する要素になっている。
中国は基本的に、自分と家族の安全は自分自身で守らざるを得ない社会であり、誘拐対策はむしろ各家庭の用心に任される部分も大きい。たとえば下記に紹介するのは、中国人民公安大学の王大偉教授が提唱したという、誘拐発生後に保護者が取るべき捜索作戦「十人四方向追跡法」だ。
こちらによれば、いざ誘拐が発生したときは、その後の24時間以内の行動が勝負だという。まず母親は現場から動かずに警察に連絡、父親は協力者を集め、誘拐地点から2キロ範囲内の東西南北に捜索者を派遣し、さらに付近の駅やバスターミナルを押さえさせる。連れ去り後の犯人はすぐに遠方に離れていくため、公共交通機関を押さえておくのが重要であるそうだ。
……とはいえ、わが子を誘拐された直後に落ち着いてこうした手を打てる両親が多いとは思えない。そもそも、気の置けない大人10人以上をいきなり捜索に動員できるような人は、人間関係が浅くなりがちな都市部では決して多くないだろう(しかも捜索者は子どもの顔を知っていないとムリである)。提唱した王教授には申し訳ないが、上記の追跡法は机上の空論に近いと言うしかない。
中国社会の負の一面である児童誘拐。今年もまた、人さらい多発期間である旧正月の季節がやってこようとしている。