『イカロス』は10年に1本出るかというくらいの傑作
――最後にそれぞれ、最近観たドキュメンタリー作品で「これは必見」というものを挙げていただけませんか?
土方 はい! 僕、最初に言っていいですか? 『イカロス』!
佐々木 あっ、取られた……。しかも、僕が土方さんに勧めたやつなのに(笑)。『イカロス』は10年に1本出るかというくらいの傑作。
大島 僕はまだ観てないけど、みんないい作品だって言いますね。
土方 アメリカの作品でNetflixで配信されてます。当初の企画から予想だにしない方向へ企画変更されていく事態そのものが、めちゃくちゃスケールもでかくて面白い。始まりは、監督自らドーピングをバレないようにやって、自転車レースでどこまでいけるかっていうのを検証する、『スーパーサイズ・ミー』みたいなノリの人体実験ドキュメンタリーになるはずだったんです。ところが、ドーピングに協力的なロシアの研究所の気のいい所長が登場してからトーンが少しずつ変わる。まさにこの人が、いまもくすぶり続けるロシアが国家ぐるみで起こしたドーピングスキャンダルの全てを知る人物だったから。
佐々木 現代的だなと思ったのは、監督がうまく「自撮り」を取り入れている点です。ある種、泥臭い感じもするんだけど、その親しみやすいテイストのおかげで、「巨悪を暴いてやる」みたいなトーンにならない。国家規模の陰謀やドーピング問題を扱っているから、いくらでもジャーナリスティックに作れるのを、軽快で万人が楽しめる作品にしているのがすばらしい。監督のキャラがまたいいんですよね! 土方さんをゆるくした感じの人(笑)。
土方 ハハハ。ちょっとした友情物語としても観られると思います。とにかく、スタートで見ていた風景と、ゴールの風景の大きな違いに、なんとも言えない気持ちになるんです。
どうやって撮ったのか想像がつかない『アクト・オブ・キリング』
大島 10年に1本級の作品で僕が挙げたいのは『アクト・オブ・キリング』ですね。1960年代にインドネシアで起きた大虐殺の加害者側に話を聞き、その加害の様子を演じさせるというドキュメンタリーですが、「え?」って思うことの連続なんですよ。虚実入り乱れている感じもあって。
土方 すごい作品ですよね、これは。加害の行為を、また得意げに演じるところが何とも……。
大島 映像のプロとして、どういう風に作られているのか、演出方法はどんなものか、大体はわかるものなんですけど、この作品はちょっとその辺が想像つかないんですよ。超絶なドキュメンタリー作品ですね。
佐々木 僕は『戦場でワルツを』を挙げたいと思います。イスラエル国防軍の兵士だった監督が、自らの体験の記憶を辿るものなんですが、なんと99%がアニメーションで構成されているんです。だから、ドキュメンタリーではなくて、劇映画と捉えている人が多いと思います。容易に塗り替えてしまう人間の「記憶」というものを、あえてアニメーションにすることで巧みに表現していて、ドキュメンタリーの定義を広げた意味でも大きな価値のある作品だと思います。
大島 ラストもすごいですよね。
佐々木 すごい。本当に、海外のドキュメンタリーは、動画配信作品も含めて、どんどん進化している。その一方で、日本の“ドキュメンタリー村”の狭量ぶりって、残念に感じるんですよね……。
「ああ、やっぱり大事な問題だ」って確認するだけなら意味がない
土方 テレビの番組コンクールでも審査員受けするものは相場が決まっていて、オーソドックスな手法で、障害者や高齢者、過疎、震災、戦争をテーマにしたものであれば評価されやすい。もちろん大事なテーマですけど、それを社業というか、業務としてこなしている人も多いわけで、それはとてもじゃないけどいい状態ではないと思います。もっと新しい手法やテーマを評価する環境が整わないと、日本のドキュメンタリーは萎んでいってしまいますよ。
佐々木 ある番組コンクールの審査講評で「今年はオーソドックスを基準に選考しました」と聞いてのけぞりました(笑)。Netflix、Amazonプライムといった動画が進出してきて、映像の世界もどんどん変わろうとしている時代に、「新しい試みを評価していく機運はないのか……」と呆れ返りましたよ。
大島 その通りですね。オーソドックスなドキュメンタリーだけが評価され続ける限り、新しい作り手も生まれませんし、新しい視聴者も取り込めません。見る前からこうだろうなって予想できるものを観て「ああ、やっぱり大事な問題だ」って確認するだけなら、あまり観る意味はないし、作る意味もない。何だこれは、っていうドキュメンタリーを見せていかなければ、未来は面白くなりませんよね。
土方 僕もそう思います。これだけ保守的な世界もないわけで、だったら逆にどんどん新しいことをやっていける場所でもある。ドキュメンタリーは面白くていいんだってことを、これからもどんどん作品で伝えていきたいですね。
佐々木 そして、旧来のドキュメンタリー村の掟みたいなものにとらわれない仲間や若手クリエイターも、もっと増えていって欲しいですね。
写真=平松市聖/文藝春秋
おおしま・あらた/1969年生まれ。1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。1999年フジテレビを退社、現在ネツゲン代表取締役。MBS『情熱大陸』で寺島しのぶ、秋元康、見城徹、田中慎弥、磯田道史などを演出。他にNHK「課外授業ようこそ先輩」「わたしが子どもだったころ」など。2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督。同作は第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。映画監督作品に『園子温という生きもの』、最新プロデュース作品に『ラーメンヘッズ』。
ささき・けんいち/1977年生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~』『Dr.MITSUYA 世界初のエイズ治療薬を発見した男』『Mr.トルネード』『えん罪弁護士』『硬骨エンジニア』など様々な題材の番組を手がけ、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞などを受賞。
著書に『ケンボー先生と山田先生』を元に執筆した『辞書になった男』(文藝春秋・日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『神は背番号に宿る』。新刊に『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』。
現在「日経トレンディネット」でコラム「TVクリエイターのミカタ!」を連載中。
ひじかた・こうじ/1976年生まれ。上智大学英文学科卒業後、東海テレビ入社。情報番組やバラエティ番組のAD、ディレクターを経験した後、報道部に異動。2014年より、愛知県警本部詰め記者。同じく2014年、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』でドキュメンタリー映画を初監督。公共キャンペーン・スポット「震災から3年~伝えつづける~」では、第52回ギャラクシー賞CM部門大賞、2014年ACC賞ゴールド賞を受賞。2015年、公共キャンペーン・スポット「戦争を、考えつづける。」で2015年ACC賞グランプリ(総務大臣賞)を受賞。他の監督作品に『ヤクザと憲法』。