1990年代、長い低迷期に突入していた阪神タイガース。その“暗黒時代”に今も語り継がれる2つの大きなトラブルに関わったとされるのが、中込伸である。ひとつは中谷仁の左目に携帯電話を投げつけ、プレーに大きな支障をきたすようになった事件。もうひとつは「複数の選手から精神的苦痛を受けた」山村宏樹が退団を余儀なくされた事件だ。ドラフト1位で入団し嘱望されていた3人に一体何が起きたのか――。
ここでは喜瀬雅則氏の新刊『阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?』より一部抜粋。99年に起こった2件の真相を、当事者に直撃した。(全3回の1回目/#2、#3を読む)
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「中谷には、行かんの?」
阪神・甲子園駅の東口を出て、甲子園球場を右手に見ながら、阪神高速道路の高架下をくぐり、左の路地に入っていくと、ほどなく「炭火焼肉 伸」の看板が見えてくる。
開店準備中の中込伸は「ここでええ?」と、四人掛けのボックス席に座ると「生ビールにする?」と笑いながら、自らウーロン茶を注いだコップを運んできてくれた。
すっかり、焼肉店のマスターとしての動きが、板についている。
阪神のドラフト1位の選手たちを追って、ここへ来ました。
そう説明すると「中谷には、行かんの?」
中谷仁の左目に、中込の投げた携帯電話が直撃し、視力が落ちて、プレーにも支障が出たというのは、阪神暗黒時代における“負の伝説”の一つだ。
その張本人が、いきなり、自分から、その話題に触れたのだ。
それを聞くべきなのか、聞くべきでないか。悩み、迷いながら、中込の店にやって来た私としては、いきなりの先制パンチを食らったような衝撃だった。
序章で言及したが、智辯和歌山高監督という立場を踏まえ、取材趣旨も理解してくれた上で「立場上、今回の取材はお断りしたい」と中谷から謝罪の電話を直接もらった。
そのことを、中込にまず説明した。
「あの子は、しっかりしているよ」
そう言いながら、明かしてくれたエピソードにも、また目を見開かされた。