1990年代、長い低迷期に突入していた阪神タイガース。その“暗黒時代”に今も語り継がれる2つの大きなトラブルに関わったとされるのが、中込伸である。ひとつは中谷仁の左目に携帯電話を投げつけ、プレーに大きな支障をきたすようになった事件。もうひとつは「複数の選手から精神的苦痛を受けた」山村宏樹が退団を余儀なくされた事件だ。ドラフト1位で入団し嘱望されていた3人に一体何が起きたのか――。

 ここでは喜瀬雅則氏の新刊『阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?』より一部抜粋。99年に起こった2件の真相を、当事者に直撃した。(全3回の1回目/#2#3を読む)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「中谷には、行かんの?」

 阪神・甲子園駅の東口を出て、甲子園球場を右手に見ながら、阪神高速道路の高架下をくぐり、左の路地に入っていくと、ほどなく「炭火焼肉 伸」の看板が見えてくる。

 開店準備中の中込伸は「ここでええ?」と、四人掛けのボックス席に座ると「生ビールにする?」と笑いながら、自らウーロン茶を注いだコップを運んできてくれた。

 すっかり、焼肉店のマスターとしての動きが、板についている。

 阪神のドラフト1位の選手たちを追って、ここへ来ました。

 そう説明すると「中谷には、行かんの?」

 中谷仁の左目に、中込の投げた携帯電話が直撃し、視力が落ちて、プレーにも支障が出たというのは、阪神暗黒時代における“負の伝説”の一つだ。

 その張本人が、いきなり、自分から、その話題に触れたのだ。

 それを聞くべきなのか、聞くべきでないか。悩み、迷いながら、中込の店にやって来た私としては、いきなりの先制パンチを食らったような衝撃だった。

 序章で言及したが、智辯和歌山高監督という立場を踏まえ、取材趣旨も理解してくれた上で「立場上、今回の取材はお断りしたい」と中谷から謝罪の電話を直接もらった。

 そのことを、中込にまず説明した。

「あの子は、しっかりしているよ」

 そう言いながら、明かしてくれたエピソードにも、また目を見開かされた。