山口 海鮮居酒屋の看板は下ろして、素人が一人で切り盛りしているので、料理は基本的にレンチンと作り置きです。だから、3シリーズの中で一番凝った料理を作っているのが「食堂のおばちゃん」で、「婚活食堂」はおでんプラス一人でできる範囲の季節料理、「ゆうれい居酒屋」はレンチンと作り置きで、巻末に付けたレシピも簡単に作れると好評です(笑)。
昭和の価値観の中で生まれる化学反応
――「ゆうれい居酒屋」はある仕掛けによって、令和と昭和がクロスオーバーするような物語になっていますね。
山口 ゆうれい居酒屋というある種の異空間を通して、30年前の恋人の伝言がいま届くとか、裏切られたと思っていた人の真意がわかるとか、これまでの人生で知らないままに過ぎてしまったことを知り、人生が少しだけ変わっていく。お客さんたちの悩みはいかにも現代風ですが、それが昭和の価値観の中にぽんと放り込まれることでちょっとした化学反応が生まれるところが読みどころかなと思います。
私は昭和33年生まれなんで30歳になるまでは昭和でした。生まれてから30歳までって人格形成上大きくて、やっぱり私は昭和の人間なんです。
昭和に大ヒットを飛ばして今でもCMなどで曲が流れるクイーンは、本国のイギリスではまったく人気が出なくて、日本でヒットしたことで火がついて世界的な人気バンドになりました。だから今でも日本からCMのオファーが来ると、必ずOKしてくれるそうです。そういう義理堅さって、古いかもしれませんがやっぱり大事なんじゃないでしょうか。
平成は長い下り坂の時代だった
――ますます楽しみな3シリーズですが、近年、小説やドラマなどで「食」をテーマにした作品が人気を博しているように思います。こういう傾向について、山口さんはどうお考えですか?
山口 それはやっぱり平成の停滞というのが大きいんじゃないですか。アクティブに外へ出て行って冒険するという方向には行かないで、おうちの中で料理を作るくらいが感性にあってきたんじゃないですかね。近頃の若者は車も持とうとしないでしょう。コスパが一番大事で、身になるかどうかわからないことにチャレンジする時間もお金もない。
――たしかに、「書を捨てよ、町へ出よう」という時代ではなくなってきましたね。
山口 平成になって携帯電話とかスマホとかいろいろ出てきて、私たちの生活様式もずいぶん変わりましたけど、じつは物価は30年間ほとんど変わってないんです。だから「ゆうれい居酒屋」で、平成に入って間もなく亡くなった人と令和に生きている人が会話しても、あまり齟齬を感じませんでした。平成っていうのは長い下り坂の時代だったんだなと、改めて思いますね。