5年間実在した「大阪市警視庁」
──「官軍の剣客集団」、「大阪市警視庁」、「琉球警察」など歴史に埋もれた題材を取り上げられていますが、その意図についてお聞かせください。
坂上 歴史に埋もれた題材というのは、創作のきっかけになりますね。西南戦争で官軍に大阪の剣客集団がいたという話は、大学の講義で知っていました。大阪の侍たちが戦場に行ったらどうなるか? 最初は侍3人の珍道中で、戦うんだか戦わないのだか分からない、という設定だったんです。ただ、あまりにもフレッシュ感がないので、士族出身の青年がオッサンたちに揉まれるという成長譚にしたのが『へぼ侍』です。
戦後、GHQによって設立された自治体警察のひとつとして「大阪市警視庁」があったことは、朝日新聞電子版で知りました。そこで事件があるとすれば、どんな事件が起きうるか? 『インビジブル』はそこからの発想です。
沖縄返還時、円ドル交換があった。その回収されるドルが盗まれ、それを捜査するのが沖縄県警の前身である琉球警察だったらどうなるのか? そこから固めていったのが、『渚の螢火』です。史実のある出来事とある出来事をくっつけたらどうなるか、それが創作するうえでの発想の根底にあるのかもしれません。
──東京大学文学部日本史学研究室で近現代史を学ばれたと聞きました。具体的にはどのような研究をされていたのでしょうか?
坂上 加藤陽子ゼミと鈴木淳ゼミで学びました。近現代史はおよそペリー来航から始まり、終わりは昭和20年8月15日まで。それ以降の時代を卒論で書く人はいませんでした。私はもう少し踏み込みたかったので、占領期の国鉄の労働運動をテーマに卒論を書きました。
──小説家を志されたきっかけについて、教えてください。
坂上 子どもの頃は漫画家になりたかったですね。中学生の時はラノベが好きで、賞に応募したりしました。大学の時には、二次創作やネット創作をかじっていたので、モノを書くことは好きでした。
社会人になった後、あまり忙しくない部署に移った時に、小説でも書いてみようかと小説講座に通ったんです。で、意外と上手く書けたので、松本清張賞に応募してみた。まさか受賞するとは、まったく思っていなかったですね。
──松本清張賞、日本歴史時代作家協会新人賞、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞などを総ナメにされています。
坂上 恐れ多いというか、ありがたいと思いつつ、まだまだ未熟なので、ちょっと戸惑いもあります。一方で、自分が面白いと思ったものを、世の中の人も面白いと思ってくれたことが素直にうれしい。妙に卑下することはしないようにしています。
いま会社員なのですが、今後も兼業でやっていきたい。転職や副業など、ひとつの生き方にこだわる時代ではないと思うので、仕事以外で生きる場所として大切にしたい。細く長く、書き続けていきたいですね。
──今後の展望についてお聞かせください。
坂上 昭和30年代の東京を舞台にした作品を構想しています。あと、大阪万博を舞台にしたものも是非書いてみたい。
たまたまデビュー作が歴史時代小説だったんですが、自分で読むのはミステリーや企業小説が多い。2作目で警察小説も書けることを示せたので、今後は芸風を広げて、現代を舞台にした小説にも挑戦したいですね。
坂上泉(さかがみ・いずみ)
1990年兵庫県生まれ。東京大学文学部日本史学研究室で近現代史を専攻。2019年「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で第26回松本清張賞を受賞。20年同作を改題したデビュー作『へぼ侍』(文春文庫)で第9回日本歴史時代作家協会新人賞を受賞。同年『インビジブル』(文春文庫)で第164回直木賞候補となり、21年第23回大藪春彦賞と第74回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞する。他の著書に『渚の螢火』(双葉社)がある。