文春オンライン

「筋金入りの確信犯・北朝鮮」を本当に非核化できるのか

五味洋治氏が読み解く

2018/03/13
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核凍結や核放棄は過去にもあった

 北朝鮮と“非核化”。それはそもそも長年の“裏切りの歴史”でもある。

 北朝鮮の核開発計画は、正恩の祖父、金日成の時代にさかのぼる。

 1950年に始まった朝鮮戦争で米国は原爆の使用を計画した。朝鮮戦争は53年に休戦となったが、米軍は韓国に駐留し、核兵器を韓国内に配備していた。

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 原爆攻撃を受けるかもしれないという恐怖の日々の中で、金日成は中国に「核技術を教えてほしい」と要請したが、あっさり断わられる。

 しかたなく北朝鮮は、ソ連の協力を得て実験用の黒鉛減速炉2基を平壌から約90キロメートル北にある寧辺に自力建設した。1970年代末のことだ。

 その後、国際社会で、北朝鮮が核兵器開発をしているとの疑惑が問題になる。米国はこれを阻止するため、1994年に核開発凍結の見返りに、発電用軽水炉を提供する「枠組み合意」を北朝鮮と締結した。

 これによって北朝鮮は重油や食料の提供も受けたものの、プルトニウム抽出やウラン濃縮などを秘密裏に進めていたことが発覚し、合意は破棄された。

 さらに日米韓と中国、ロシア、北朝鮮が参加した六者協議で核問題が討議された。その結果、2005年には北朝鮮が核放棄を約束する共同声明が採択された。

 北朝鮮は核施設の一部を爆破し、核開発を放棄する意志を示した。しかし北朝鮮側から「合意違反があった」との訴えがあり、またしても勝手に核施設を再稼働している。

 その後、金正恩政権になって以降、核開発が急ピッチで進められ、昨年9月には6度目となる核実験が行われた。

中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔を見せる金正恩氏 2017年 ©共同通信社

 

 北朝鮮にとって“非核化”はあくまで交渉カードのひとつであり、今回も金正恩の言うことを鵜呑みにすることは危険である。

 過去の裏切りの苦い経験から、今回トランプは非核化に向けた具体的な行動がないかぎり、北朝鮮への経済制裁は解除しないと表明している。単に核開発の凍結宣言だけではなく、核開発施設の解体、国外への持ち出しも検討しているもようだ。

 金正恩にとって、核放棄は「丸裸」になることを意味する。トランプには相当思い切った手が必要だ。もし会談が実現したとして、こんなことが想像できるだろう。

 まず、基本的に、過去に誰もできなかったことを実行する。そしてそれを自分の手柄とする。これがトランプのやり方だ。

 例えば、正恩といきなり親しい友人関係になる。厳しく批判していた相手に親密に接し、相手に安心感を与えるのがトランプ流だ。

 冷酷な指導者として批判される正恩を、褒めちぎり、米国に招くなどということも考えられる。

 不意に大胆な材料を持ち出し、相手から譲歩を引き出そうとするかもしれない。

 さすがに、いきなり米朝国交正常化に行くのは無理だろう。北朝鮮内には深刻な人権問題があるからだ。

 米朝間では、朝鮮戦争以来の緊張が続いている。核放棄の条件として戦争を正式に終わらせ、平和協定を結ぶことを表明するかもしれない。そこまで行かなくても、約3万人の在韓米軍の大幅縮小を言い出す可能性がある。

トランプ大統領は「裏切りの歴史」を持つ北朝鮮との会談に言及  ©JMPA

 いずれも北朝鮮が長年求めていたことだ。韓国や日本は大慌てするだろうが、北東アジアの安保環境は劇的に変化するだろう。

 トランプは3月10日、訪問先で米朝首脳会談について「会談の結果はだれも分からない。私は早々と立ち去るかもしれないし、私たちが着席して世界にとって最高の合意をするかもしれない(Who knows what’s going to happen?  I may leave fast or we may sit down and make the greatest deal for the world.)」と語っている。

 一気に平和が来るのか、いよいよ緊張が高まるのか。北東アジアは、「未知の世界」に入り込んだのかも知れない。

―――

五味洋治(ごみ・ようじ)
1958年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞東京本社入社。韓国・延世大学に語学留学の後、1999年から2002年までソウル支局に勤務。2003年から2006年まで中国総局勤務。この間、2004年に北京国際空港で金正男に偶然会ったことからメールのやり取りが始まり、のちに単独インタビューを実現させる。2008年8月から10カ月間ジョージタウン大学にフルブライト留学。現在は東京新聞論説委員。著書に『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋)、『父・金正日と私 金正男独占告白』(文春文庫)など。
 

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