mRNAの研究で、暗礁に乗り上げていた問題がありました。合成したmRNAを細胞に注入すると、免疫が敵だと判断して炎症反応を起こしてしまい、細胞が死滅してしまうのです。この炎症反応をなんとかして防がないと、危なくて人間の治療には使えません。
もともと細胞の中にはいろんな種類のRNAが存在しています。それらはなぜ炎症反応を起こさないのか、ワイスマン教授と私はそれを一つひとつ調べていきました。
すると、トランスファーRNAだけは、炎症反応を引き起こさないことがわかったのです。
大学が独占使用権を売却
いったい何が違うのか? それを詳しく調べてみると、トランスファーRNAを構成するウリジンという物質に化学修飾が付いていたのです。その化学修飾をmRNAにも付けたらどうだろうか?
そう考えて、さっそく実験してみました。大成功でした。
それからも多くの実験を繰り返して、結果が正しいことを確認しました。
2005年にはワイスマン教授と連名で学術誌に論文を発表し、翌年には彼と一緒にRNARxというベンチャー企業を立ち上げて、NIH(米国国立衛生研究所)から助成金をもらえることになりました。これが私の人生でたった一度きりの助成金でした。
さらに、2008年にはmRNAのウリジンのかわりにシュードウリジンという異性体を使ったところ、従来の10倍ものタンパク質が作られたのです。これでmRNAが作るタンパク質で患者の病気を治すということが、もはや夢ではなくなったのです。
こうした一連の技術で特許を取得しました。特許を取ったのはお金のためではありません。特許を取らないと、研究に注目してもらえないし、資金も集まらないと言われたからです。
しかしながら、特許を取っても研究資金は集まらず、ワイスマン教授と起こしたスタートアップ企業もたたみました。実は研究資金を得るために、日本に行ったこともあります。肺気腫を治療するmRNAを開発する資金を武田薬品工業が提供してくれることになったんです。ただ、私の研究に使える額は、ほんの一部でした。
そして、ペンシルバニア大学は特許の独占使用権をセルスクリプトという実験器具販売会社の代表に売却してしまったのです。ですからmRNAワクチンを開発したビオンテックとモデルナはこの技術の使用ライセンスをセルスクリプトから受けているのです。
せっかく目指していた研究成果を出し、いよいよこれから実用化に向けてチャレンジしようとしたところで、またもや暗礁に乗り上げてしまったのです。
救世主現る
そこで手を差し伸べてくれたのが、ビオンテックのシャヒンCEOだったというわけです。これでようやく私のmRNA研究の成果が、世界中の人々に届けられるようになりました。
実はシャヒン氏がビオンテックを立ち上げたのも、私が抱えていたのと同じ悩みがあったからでした。