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“ずっと夢だった”映画に、オダギリジョーを誰より最初にキャスティングした理由「写真を見た瞬間『もうこの脚本は書けたね』と…」

ロウ・イエ(映画監督)――クローズアップ

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 映画『パープル・バタフライ』(2003年製作/出演:チャン・ツィイー、仲村トオル)から16年、自身の出身地である上海を再び舞台にしたロウ・イエ監督の新作映画『サタデー・フィクション』(19年製作)が公開中である。19年に第76回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で公式上映されたが、キャストの一人であるオダギリ ジョーは会見でこう賛辞を送っている。

「すごい映画で、刺激を受けました。今までにないタイプの映画と言えるんじゃないでしょうか。媚びていないロウ・イエのかっこよさを改めて実感しました」

 時は1941年12月。日本が真珠湾を攻撃する直前の上海租界では、日中欧の諜報部員がスパイ合戦を繰り広げている。この映画のベースとなったのは、ホン・インの小説『上海の死』だ。

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「『上海の死』は上海と租界の劇場を描いた小説で、劇場が舞台であることと、“劇中劇”が含まれていることに惹かれました。私は劇団員の両親に連れられ上海の蘭心大劇場に出入りしていたため、子供の頃から“俳優の虚と実”を垣間見てきました。『上海の死』はその記憶と同じ感覚を味わわせてくれたんです」

©YINGFILMS

 今作にも「劇中劇」が挿入されており、その原作となったのは横光利一の小説『上海』だという。

「実は『パープル・バタフライ』を製作した時にも、この『上海』の影響を受けているんです。例えば、アイリーン・チャンや魯迅など、他の作家が書いていない“上海”を横光の作品からは感じました。1928年、横光はごくごく短い期間、上海に滞在しましたが、主観から出発して真実を見抜いたんだと思います。外から来た人のほうが、上海の真実を見通せているように感じるのは面白い事実ですね。小説『人間の条件』で上海の四・一二事件を描いたフランスのアンドレ・マルローも、横光の『上海』を読んだのかもしれません。視点が非常に似ていますから」

 ロウ・イエ監督は、今作から“カラー”と“劇中音楽”を排しており、ストイックなつくりに徹している。

「モノクロ映画を1本撮ることはずっと夢でした。さらに、今作ではずっと一緒に映画を作りたかったコン・リーさんを主演に迎えましたが、彼女は素晴らしい直感を持っていらっしゃる俳優です。これまで彼女が出演してきた作品では、監督などいろんな方向からコントロールされて、その直感が活かせなかったのではないでしょうか。今回、私は彼女の直感を重視して、それを活かすように撮影にのぞみました」

 コン・リーが演じるのは人気俳優、そしてスパイであるユー・ジン。そのユー・ジンに惹かれていく、日本海軍少佐で暗号通信の専門家の古谷三郎に扮したのがオダギリ ジョーだ。

「先にマルローの『人間の条件』を撮ろうと準備していた時から、オダギリさんを頭の中でキャスティングしていました。あらゆるキャストの中で、最初に決まったのがオダギリさん、その後にフランス人のパスカル・グレゴリーさん。オダギリさんの写真を貼っておいて、そこから他のキャストを決定していきました。『上海の死』の中の古谷三郎はオダギリさんが演じたのとは異なる雰囲気の人物だったんですが、プロデューサーで脚本も担当したマー・インリーがオダギリさんの写真を見た瞬間、『もうこの脚本は書けたね』と言ったんです。今回、オダギリさんと一緒に映画作りができてとても嬉しかったですね」

 ロウ・イエ監督が思惑通りのキャスト陣を立たせたのは、全て上海に現存する建物。29年に完成したキャセイホテルしかり、31年に再建された蘭心大劇場しかり。緊迫の銃撃シーンは見ものである。

婁燁(Lou Ye)/1965年中国・上海生まれ。2006年『天安門、恋人たち』がカンヌ国際映画祭正式出品。上映後、中国で5年間の映画製作・上映禁止処分となる。14年『ブラインド・マッサージ』でベルリン国際映画祭銀熊賞芸術貢献賞を受賞。18年『シャドウプレイ[完全版]』がベルリン国際映画祭正式出品。

INFORMATION

映画『サタデー・フィクション』
公開中
https://www.uplink.co.jp/saturdayfiction/

“ずっと夢だった”映画に、オダギリジョーを誰より最初にキャスティングした理由「写真を見た瞬間『もうこの脚本は書けたね』と…」

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