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まるで地獄の「ディズニープリンセス」…人気沸騰のミュージカルアニメ『ハズビン・ホテルへようこそ』は何がすごいのか

まるで地獄の「ディズニープリンセス」…人気沸騰のミュージカルアニメ『ハズビン・ホテルへようこそ』は何がすごいのか

現実に突き刺さるミュージカルアニメ『ハズビン・ホテルへようこそ』

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 2023年10月のハマース主導の奇襲以降、ガザに対するイスラエルの「報復」は、すでに3万人に迫るパレスチナ人の死者を出しており、うち1万人以上が子どもとされる(2024年2月現在)。さらなる「最悪の事態」を予感させるように、約150万人が絶望的なテント生活を送るガザ地区ラファへの攻撃が「大虐殺」になりうる、と国連が異例の警告を出した。それほどの異常事態が、世界が注視する中で進行しつつあるのだ。

 こうしたあまりに深刻な現実を、フィクションになぞらえること自体が不謹慎という意見もあるだろうし、「創作物に“政治”(≒現実の諸問題)を持ち込む」ことを好まない人もいるかもしれない。それでも本作は、様々な意味で今の世界の状況に「刺さっている」ように思えてならない。チャーリーが地獄に迫る虐殺を止めるため、天使たちと直談判しに天国へ向かう第6話は特にそれが顕著だ。

 第6話後半の歌唱シーンは、本作屈指の出来栄えを誇るミュージカルナンバーだ。地獄の人々を一方的に断罪する天使に怒りをぶつけるチャーリー、彼女を嘲笑しながら虐殺について口を滑らせる天使アダム&リュート、虐殺の真相を知って天国への批判に転じる熾天使エミリー、そんな彼女を諫める熾天使長セラ、チャーリーに対して後ろめたさと秘密を抱えたヴァギー……といった、 複数のキャラクターの異なる思惑が複雑に折り重なってゆく。

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 そんな情報密度の高い展開を、美しいメロディと軽快なテンポ、大胆なカメラワークによってわずか3分に圧縮した、まさにミュージカルという表現形式の面目躍如と言っていい名場面だ。

 このシーンが凄いのはまさに今、世界中で飛び交う議論が生々しく映し出されているように見えることだ。帝国主義的な思想に基づく勝手な断罪によって非人間化され、地獄のような土地に閉じ込められた人々が、虐殺の運命に脅かされている……。そんな理不尽を温存するのは「仕方ない」という理屈によって、支配構造に加担し続ける者たちだ。一方なんとか虐殺を止めるため、 新たな世代が立場を超えて奮闘し、権力に対して批判の声をあげている。これらは全て『ハズビ ン・ホテルへようこそ』の劇中で描かれたことだが、パレスチナの問題を巡る現実世界の状況に重なって見えはしないだろうか……。

 詳細なパレスチナの苦難の歴史や、イスラエルによる植民地支配の経緯については『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』などの読みやすい入門書が出ているし、文春オンラインでも紹介記事が公開されたのでぜひ一読してほしい。

『ガザとは何か』岡真理著(大和書房)

『ハズビン・ホテルへようこそ』と現実が重なる重要なポイントは、アダムのような「わかりやすい悪人」だけのせいで虐殺が起こっているわけではない、ということだ。

 セラのように「あなたにはわからない事情があるのだ」といっけん理性的に、しかしその目に燃え盛る炎を映しながら人々をたしなめる権力者も、それを大人しく受け入れる私たち一般市民もまた、虐殺が起きる構造に加担していると言える。だからこそ、アダムにもセラにも反旗を翻し、「どんな理由があろうと虐殺は間違っている」と叫ぶチャーリーとエミリーの姿は、なおさら今の世界に突き刺さる。

 パレスチナ/イスラエル問題を巡って国際社会に激震が走る今、虐殺を「絶対に許さない」と正面から糾弾する作品が、これほど重い意味合いを帯びるタイミングがどれだけあるだろう。「どんな人の心にも虹がある」と、地獄で夢と希望を「歌う」ことから始まった本作が、今またしても「歌」の力で、世界の絶望的な理不尽にNOを突きつけていることに心打たれる。

「地獄が永遠に続くなら、天国は偽りでしかない」というチャーリーたちの叫びを、アニメやフィクション、 そして歌を愛する私たちこそ、心に刻まなければいけない。

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