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加速主義 対 破滅主義

 オープンAIは2015年に、アルトマンがイーロン・マスクらとともに、「人類の脅威にならないAI」を実現するために設立した非営利の研究機関だった。マスクはそれ以前から、数少ない友人の一人であるラリー・ペイジ(グーグル創業者)が開発する人工知能(ディープマインド)が暴走し、人類を滅亡させることを本気で怖れていた。

イーロン・マスクはもはや“旧世代” ©時事通信社

 ところが実際に開発を始めると、高度なAIには多額の資金と膨大なコンピューティング能力が必要なことがわかり、2019年にアルトマンは、営利法人を設立してマイクロソフトから出資を受けることを決める(これを機にマスクと決裂)。

 この決断によって開発は急速に進み、質問に対して人間と区別がつかない回答をする「チャットGPT」の公開で世界的なAIブームを巻き起こすと、オープンAIの企業価値は800億ドルにのぼると試算されるまでになった。総額100億ドルの出資を決めて株式の49%(独占禁止法に抵触しない上限)を所有するマイクロソフトは、ブラウザに生成AIを搭載することでライバル社をリードし、株価も最高値を更新した。

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 一見、順風満帆に見えたものの、2023年11月17日、そのアルトマンが突然、CEOを解任されるという事件が起きる。

 じつは営利企業としてのオープンAIは株主によって統治されているのではなく、非営利組織の理事会が支配していた。この理事会は6人で構成されており、そのなかには、このままAIの能力が高度化しつづけると、いずれ人類の存続にとって脅威になると考えるメンバーが含まれていた。

 報道によると、今回の解任劇の前に、オープンAIの研究者の数人が、人類を脅かす可能性がある強力なAIの発見について警告する書簡を理事会に送っていた。このAIは「Q*(キュースター)」と呼ばれるプロジェクトで、これまでは困難とされていた論理的思考ができるようになったとされる。

 あまりに速い開発ペースに危機感をもった社外取締役が、巨大プラットフォーマー(マイクロソフト)と組んでAI開発に前のめりになるアルトマンと対立した。これにシンギュラリティ(技術的特異点)が災厄を引き起こすと懸念する創業メンバーが同調して、「クーデター」が起きたとされる。

 ただし、いくら「人類のため」といっても、最大の出資者であるマイクロソフトを蚊帳の外に置いたばかりか、従業員とも相談せずに決めた“暴挙”が強い反発を引き起こすのは当然だった。社員たちは持ち株会社を通じてオープンAIの株式を保有しており、混乱によって会社が破綻・消滅するようなことになれば多額の資産を失ってしまうのだ。

 こうして770人の社員のうち約730人が理事会に対して、総退陣とアルトマンの復帰を求める文書を提出する事態になった。外堀を埋められた社外取締役たちに抗う術はなく、CEO復帰と理事会の刷新を受け入れるほかなかった。

 この事件の詳細はいまだ不明な部分もあるが、ひとつだけはっきりしたことがある。AIの開発を極限まで推し進めようとする「加速主義者」のグループと、加速した技術が人間の管理能力を超えることを警戒する「破滅主義者」のグループは今後も衝突を繰り返すだろうが、最終的にどちらが主導権を握ることになるかということだ。それは、今回の解任劇とアルトマンの復帰によって完全に証明された。

※本稿は3月19日刊行の『テクノ・リバタリアン』(文春新書)を一部抜粋・加筆の上記事化したものです。

本記事の全文は、『文藝春秋 電子版』に掲載されています(橘玲「チャットGPT サム・アルトマンのヤバい革命思想」)。