熱心な信者だった母親は、ほとんど働かず宗教活動にのめり込んでいた。そんな中で母子2人の生活を維持するためには、ヨシコさんが働きに出る必要があった。中学卒業後、彼女は進学せずにコンビニエンスストアでアルバイトを始める。
「同年代の子たちは高校に行って、放課後や休みの日はカラオケをしたり、カフェに行ったりしている。でもヨシコさんは、流行っている曲を1曲も知らない。学校にすら行っていない。青春時代の思い出が何もない。
でも、『おかしい』と声に出してしまうと、これまでの環境が一変するかもしれない。何よりも、お母さんを悲しませてしまうかもしれない。自分さえ我慢すれば、丸く収まる。でも、辛い。彼女はそんな苦悩を、10年以上も1人で抱え続けていました」
中卒の宗教2世女性(29)が夜逃げを決意した理由
ヨシコさんは、もうすぐ30歳になろうというタイミングで、「このままじゃいけない」と夜逃げを依頼した。しかし、夜逃げ前後は「自分だけこの環境から逃げていいのか」と悩み、苦しんでいたという。
「ヨシコさんに限らず、依頼者の多くは夜逃げをすることに葛藤します。本当は夜逃げなんてせず、話し合いで解決したいんですよ。でも話し合う余地がないから夜逃げを選択しているんです。心や体を深く傷つけられてまで、我慢をする必要はないですからね。
ただ、一方的に関係を絶っているからこそ、どうしても加害者への情念が残ってしまう。過去にどんなに理不尽なことをされても、加害者のことを恨みきれなくて苦しんでいる人が多いんです。そしてその苦しみは、夜逃げをした後も続きます」
宮野さんが考える夜逃げ屋の存在価値とは?
夜逃げから5年後、宮野さんはヨシコさんと再会し、近況を聞いた。そのとき彼女は、「お母さんともこうやって、ファミレスでご飯を食べながら昔話ができるようになりたかった。『あの頃の私たちおかしかったね』って笑いあえるようになりたかった」と語ったそうだ。
「10年後も20年後も、もしかしたら死ぬまでヨシコさんの苦しみは続くかもしれません。それは、誰にも分からない。
でも彼女は、苦しみながらも前向きに生きています。夢だった看護師になるために、専門学校へも通い始めました。それは、夜逃げなしでは叶わなかったことです。今の彼女も、たくさんのことに悩み、苦しんでいます。ただ、夜逃げ前とは比べ物にならないくらい“良い顔”をしている。その事実が、夜逃げ屋の存在価値だと思っています」