この日本の睡眠不足による経済損失は、アメリカのランド研究所のレポートでGDP比2.9パーセントに相当する、とも報告されています(2016年)。これは当時のレートで年に15兆円にもなり、現在ならば1.5倍換算で20兆円を超えているはずです。
このように世界の中でも特殊な睡眠環境にある日本で、国民を対象にしたビッグデータを集めて私たちの研究とつなげ、睡眠衛生を向上させていくための活動「睡眠健診運動」を私たちは2020年に始めました。
睡眠は基本的人権の一つ
睡眠衛生のベースとなる考え方で大事なことは、睡眠は日本国憲法に定められている「基本的人権」に関わっている点です。
睡眠は、基本的人権の「社会権」に含まれる「生存権」と非常に密接であるべきで、国民が保障されるべき権利の一つであると考えられています。もちろんこれは明確に条文化されているわけでなく、国民間に広く周知されているわけでもないのですが、今後睡眠の重要さが可視化されていけばいくほど、この文脈での意識は高まっていくでしょう。
生存権とは「健康で文化的な最低限度の生活をいとなむ権利」です。個人の健康を維持するために、健康に生存していくために、睡眠は誰にでも保障される権利であるということは、生物学の枠組みを超え、科学技術の理解とともに広まっていくべきですし、そうなっていくことを私は願っています。これは睡眠衛生を考えていく際にかなり重要なポイントなのですが、忘れられがちな点でもあるので、まずは最初に述べておきたいと思います。
日本の法律の面で、健康についての施策は、戦後の「栄養改善法」(1952年)に始まっています。その後は「健康増進法」などで定められてきました。1978年からは、健康増進にかかわる取り組みとして「国民健康づくり対策」が行われ、おおよそ10年ごとに見直しがされています(2000年以降は「健康日本21」)。この対策の方向性で、国民の健康に関する施策は進んでいます。
みなさんが会社や自治体からのお知らせで受けている「健康診断」は、こういった健康関連の法律と施策によって実施されています。