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直木賞作家・荻原浩の“鬼の涙腺”がゆるんだ「いま観るべき映画」 英国青年はナチスから子どもたちを救おうと奔走するが…

映画『ONE LIFE 奇跡が繫いだ6000の命』

2024/06/25

source : 週刊文春CINEMA 2024夏号

genre : エンタメ, 映画

note

 実話を元にした感動作だそうだ。私は「感動作」と聞くと、涙腺を固く閉じようとするひねくれ者なので、観始めた当初は、難民キャンプの惨状にショックを受けながらホテルで乾杯したりしているニコラスたちに(別に悪いことじゃないのだけど)、イギリス人ってなんか上から目線だよね、と斜めに見たり、もしニコラスが救おうとする子どもたちが有色人種だったら、彼の計画は英国の人々を動かすことができたのだろうか、なんて疑問が頭に浮かんだりしていた。

 が、観るうちに、そうしたひねくれ根性は引っこみ、私の鬼の涙腺もしだいにゆるんでくる。ニコラス老人がカバンを捨てられない理由が明らかになっていくからだ。

資金集めに里親探しなど、様々な苦労を経て、ニコラスは669人ものユダヤ人の子どもたちをイギリスに避難させる。だが最大規模となる250人を乗せた列車は開戦によって到着しなかった…… © WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

 物語が1988年と1938年を行き来するうち、老ニコラスが、子どもたちを救ったことを誇るどころか、救えなかった子どもが数多くいたことに苦しんでいることがわかってくる。平気で人を殺せる人間がいる(状況や組織がそうさせるのかもしれないが)一方で、どうして彼のような善人が苦しまなくちゃならないのか、腹が立ってくる。なぜこんなことがいつまでも繰り返されるのか、にも。

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救えなかった子どもたちを思い、自分を責め続けていた老いたニコラスはBBCのTV番組に出演。頼まれるままに参加した収録では思いがけない再会が待っていた © WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

 八十数年経ったいまも同じような状況が世界にはたくさんある。ウクライナで、ガザ地区で、大きなニュースにならないだけで、他の場所でも。