1984年公開の大ヒット映画『ターミネーター』を監督したジェームズ・キャメロンは、当時あまりに貧乏で、シュワルツェネッガーとの打ち合わせではランチをおごってもらうつもりだった。その後、彼は『タイタニック』や『アバター』などを手がけ、世界一稼ぐ映画監督となる。映画評論家・町山智浩さんの著書『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』(朝日文庫)より、一部を紹介する――。
撮影初日、フィルムの入れ方も分からず
ジェームズ・キャメロンはジョージ・ルーカスも通っていた名門私立大学USC(南カリフォルニア大学)の図書館に通って、映画に関する本を読み漁った。本を買う金もなかったからだ。自動車も持っていなかったので、毎日バスで2時間もかけて往復した。
「技術のことしか読まなかった。ハンフリー・ボガートが誰かも知らなかった」
ひととおり本を読んだキャメロンは実践に移った。しかし、貯金もクレジット・カードもない。そこで彼は『ゼノジェネシス』と題したSF映画の企画書を書き、地元の歯医者から出資を集めた。「ちょうど『スター・ウォーズ』(77年)が大ヒットしてたから、誰もがSF映画で一儲けしたがっていたのさ」
とはいえ、手に入れた予算はわずか二万ドルだった。この額では自分の考えるSF映画を作るのは無理だ。そう考えたキャメロンは12分のパイロット・フィルムを撮ることにした。撮影初日は、どうやってカメラにフィルムを入れるのか試行錯誤しただけで終わった。
「カメラ・レンタル会社に問い合わせすると、こっちが使い方を知らないのがバレるから自分で考えるしかなかったよ」
「特撮のエキスパート」と嘘をつき、スタッフに
このフィルムは結局一本の映画として完成せず、出資者はまったく利益を得なかったが、キャメロンは本物の機材で練習ができて満足だった。内容は男女が殺人ロボットから逃げるというもので、これも『ターミネーター』の原型である。